マーケティング・シンカ論

“実写にしか見えない”伊藤園「AIタレント」の衝撃 なぜ注目されたのか廣瀬涼「エンタメビジネス研究所」(3/3 ページ)

» 2023年10月29日 09時00分 公開
[廣瀬涼ITmedia]
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新しい技術ゆえの課題

 一方、新しい技術であるがゆえに、AIが生成するコンテンツは多くの問題を抱えている。集英社(週刊プレイボーイ)が5月に発売した“AIグラビア”写真集「生まれたて。」は、発売から数日で販売終了となった。理由は、著作権や学習データに使われた人の人格権の問題など「生成AIをとりまくさまざまな論点・問題点についての検討が十分ではなく、AI生成物の商品化についてより慎重になるべき」と判断したからである。

 また、生身のアイドルや関係者の活躍の場を奪ってしまう可能性もある。この写真集にせよ、CMにせよ、生身の人間が演じたり、被写体になったりしなくても、高クオリティーのコンテンツを生成できてしまう時代だ。出演料や出演タレントのスキャンダルリスクを考えなくても、「出演してくれる人に見える何か」を生成すればよい。しかし、それは人間の仕事が奪われることを意味する。

 15年、野村総研とオックスフォード大学が共同で発表した「AIやロボットの導入によって、日本の労働人口の49%の仕事が10〜20年以内に代替可能」というレポートが話題になったが、当時、誰がグラビアアイドルやCMタレントの代わりになると想像しただろうか。

 AIではないものの、例えばウォルト・ディズニー・ジャパンはCGで生成したキャラクター「Ella(エラ)」をインスタグラマーに起用し、ディズニーの情報を発信していた。特にクリーンなタレントイメージを求める企業にとっては、スキャンダルを起こすことがないフィクションの人物を起用する方が都合がよいのだ。

photo ウォルト・ディズニー・ジャパンのCGキャラクター「Ella」=Instagramより

 だが、実際にAIを使用したことで大きなハレーションが起こったコンテンツも存在する。23年、アメリカの脚本家ら1万人以上が加盟する全米脚本家組合が、映画やテレビ、配信作品の製作者たちの団体、映画製作者協会を相手にストライキを続けている。彼らの主張の一つとして、AIに脚本を書かせたり、脚本の書き直しをさせたり、自分たちの書いたものをAIの学習に使ったりしないことをルールにするよう求めている。AIを使用することで脚本料が安く済んだり、今まで契約していた脚本家たちの仕事が奪われたりする可能性があるからだ。

 このような状況の中、6月にDisney+で配信が始まったマーベルのドラマシリーズ「シークレット・インベージョン」は、生成AIを使用していることが分かり、批判が集中した。

 新しい技術ゆえに、導入したこと自体が注目の的にもなるし、批判の対象にもなってしまう。その一方、多くの企業が生成AIの取り扱いマニュアルを作成しているようだ。この便利な技術を前向きに日々の業務、生活、ひいては社会に取り込むために、正に今、ルール整備が進んでいる過程だといえるだろう

 あらためて伊藤園のAIタレントが注目された背景を考えると、AIという最新技術が用いられている点、不気味の谷が生み出す違和感や嫌悪感、タレントの仕事が奪われてしまう可能性、著作権や人格権など、さまざまな視点から注目が集まったといえるだろう。このような問題が少しずつ解決されていき、AIが生成するコンテンツのクオリティーが向上すれば、われわれはそれがリアルなのか、非リアルなのか、ますます区別が困難になるだろう。

著者紹介:廣瀬涼

1989年生まれ、静岡県出身。2019年、大学院博士課程在学中にニッセイ基礎研究所に研究員として入社。専門は現代消費文化論。「オタクの消費」を主なテーマとし、10年以上、彼らの消費欲求の源泉を研究。若者(Z世代)の消費文化についても講演や各種メディアで発表を行っている。テレビ朝日「羽鳥慎一モーニングショー」、TBS「マツコの知らない世界」、TBS「新・情報7daysニュースキャスター」などで製作協力。本人は生粋のディズニーオタク。瀬の「頁」は正しくは「刀に貝」。

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