マーケティング・シンカ論

ボジョレーヌーボ、毎年の話題化に見る「新商品ヒットのカギ」グッドパッチとUXの話をしようか(2/3 ページ)

» 2023年11月16日 08時00分 公開

新しいもの好きの日本人、ボジョレー熱狂のワケ

 冒頭でも記載した通り、実はボジョレーの解禁にここまで心を躍らせるのは世界の中でも日本だけだと言われています。理由のひとつとして挙げられるのが、日本人の「初物」を尊ぶ風習です。

 日本では伝統的に「初物は縁起がよい、初物を食べると寿命が延びる」と考え、その年に出始める食べ物を珍重してきました。初鰹や新茶、新米などの食べ物は今でも多くの人に好まれています。

 肝心の味も、ボジョレーは収穫から2カ月で出荷しなければならないため、醸造方法が一般的なワインと異なります。重厚で渋みのある赤ワインと違い、フルーティーで軽やかな味わいが、日本人の好みや日本料理との相性がよいとも言われています。

 また、こうした「初物」をイベントごととして楽しむ雰囲気があるのも、四季の行事を楽しむ日本特有の文化といえるでしょう。日本は四季折々の自然が楽しめる地理環境にあります。山々や海、川など多様な自然があり、それぞれの季節が異なる風景や気候をもたらします。これが四季を楽しむ文化を育んでいるのです。

 さらに仏教では、四季の変化は無常の象徴とされ、その美しさが一時的であることから価値が高いという考え方があります。これもイベントを盛り上げる下地となっているわけです。

 日本人がボジョレーに熱狂したのには、こんな背景もあります。ボジョレーをはじめとしたフランスの新酒の解禁日は、11月の第三木曜日午前0時と全世界共通で決まっています。それ以前に一般消費者に販売したり、抜栓してサービスしたりということは禁じられているのです。

 時差の影響で、大きな消費国の中では日本が最初に「午前0時」を迎えます。ボジョレーが日本に上陸したバブル景気の当時、深夜に営業しているバーでカウントダウンイベントを実施し、0時になった瞬間に開栓して盛り上がる――そんな楽しみ方ができたのも人気の後押しになっていたのではないでしょうか。

 この「まだ誰も体験していないものをいち早く試したい」といったニーズは、iPhoneの新機種が発売されるときに予約が殺到する現象とよく似ています。発売日まで一定期間プロモーションをすることで、消費者の欲求をさらに高めているのです。

脳は常に新しい刺激を求めている

 日本人に限らず、新しい刺激は人間にとって魅力的なものです。脳には「報酬刺激」と呼ばれる、欲求が満たされたときに幸福感を引き起こすシステムがあります。新しい商品や体験という未知を通じて得られた情報を脳が「報酬」と判定し、幸福を感じます。

 また、脳は新しい情報に対してその結果を予測する性質があります。新しい賞品や体験が自分の期待を超えた場合、得られる「報酬」がさらにポジティブなものとして記憶されていきます。

 ボジョレーは、常に「新しい」ワインです。一度でもそのおいしさや楽しさを味わっていると、11月の「解禁」の期待を高めるプロモーションに「今年はどんな味なんだろう」とワクワクし、飲んでみたくなる意欲を掻き立てられるのです。

 また、報酬刺激は環境の中から生存に必要なもの(食物や繁殖の相手など)を見つけ、それに向かって体を動かすための神経でもあります。同じものをずっと食べていると飽きを感じるのは、脳が「栄養の偏り」と判断し、新しい刺激を求めるからです。人間が生きて繁殖するための仕組みと深いつながりがあることを知ると、世の中に新商品があふれヒットを飛ばすのも納得せざるを得ません。

 一方で、新商品があふれすぎた現代では「新しくないことが新しい」といった逆転現象も起きています。新しいものが出てくることが当たり前になりすぎて、新商品だからといって好奇心が刺激されない、新商品に飽きた消費者が増えているのです。

 そこで注目されているのが原点回帰――つまり、これまで定番として愛されてきたものをリニューアルして「新しい定番」として好奇心を刺激する方法です。湖池屋のリッチなポテトチップスや、スターバックスのフラペチーノの王道フレーバーであるストロベリー味が少しだけ新しい要素を追加されて再登場するのも、原点回帰で売り上げ向上を見込んだ施策だと考えられます。

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