新時代セールスの教科書

「俺の顧客リスト」を持つ営業マンを採用――これって正解? 米国から学ぶ「脱・属人化」令和でも「黒革の手帖」は通用するか(1/3 ページ)

» 2023年12月04日 07時30分 公開

 クラウド型ソフトウェアが浸透する昨今、今や営業部門でもデジタルでの顧客管理が当たり前になりつつあります。一方でトップ営業マンがいわゆる「黒革の手帖」と呼ばれるような独自の顧客リストを作ることが価値になる風潮もいまだに存在しています。

 顧客情報を特定のシステムで管理することが企業のレギュレーションになっていても、自分の大切な顧客リストは記録せずに個人で管理し、自分の顧客リストをベースに転職先の企業で成果を上げ、その後はまた次の転職先でも同じ顧客へ営業することで自分の報酬を高めていくことが、今でもまれに見受けられます。

黒革の手帖 ゲッティイメージズ

 顧客情報の取り扱いの観点で法的な問題がある中でも、短期的に売り上げが上がることから、このような人材は今もなお高い需要があるのは事実です。ただし、このような人材を人海戦術的に採用することは、人手不足の観点からも、リソースの観点からも難しいと考えるのが現実的です。

 生成AIの登場で品質の高いデータを持つことの重要性が高まる今日、営業組織はこのようなトップ営業マンのノウハウをいかにデータとして蓄積し、再現性がある形で組織に残していくべきか――。グーグルジャパンで営業統括部長、freeeで営業統括役員を歴任したMagic Moment代表 村尾祐弥氏が解説します。

「黒革の手帖」に価値はあるか? 米国の組織作りから考察

 ベテラン営業マンに多い「黒革の手帖」を持つ人材は、企業にとって即戦力となり、新しい営業機会をもたらすため、さまざまな企業で引っ張りだことなります。高い給与やインセンティブが支給されることから、転職を重ねる傾向もあります。

 一方で残された企業は、はじめは売り上げを立てることができても、その人材が退職し担当者がいなくなれば、契約が解約され、組織には何も残されるものがない、といった状況になる恐れがあることも事実です。そのため企業は、結果的にこのような人材を引き止めるしかない状況に陥る危険性を孕(はら)んでいます。

 データブック国際労働比較2022によると、米国は平均勤続年数が4年、ジョブ型雇用を中心としていることから人材流動性が高く、日本よりはるかに転職が一般的です。まずは、人材が流出することを前提としている米国では、どのように組織を構築しているのかご紹介します。

 米国企業は前述のような背景から、異業種からの転職者や営業の未経験者などさまざまなバックグラウンドをもつプロフェッショナルを採用・管理する必要があります。そのため再現性が低い手法で高い売り上げを作る営業マンを雇うこと以上に、人の流動性が高くても影響を受けにくいサスティナブルな組織を作ることで、一時的な売り上げではなく、長期的な営業力強化に取り組むことが重要視されています。

 また、テクノロジーの活用状況も日本とは異なります。

 米国のトレンドでは、マーケティング、インサイドセールス、フィールドセールス、カスタマーサクセスにわたる営業部門で統合された顧客情報基盤を整えることで、顧客名簿に加えて各顧客と交わしたやりとりを一元管理し、豊富なデータから成約の確度やリスク、案件ごとの状況に応じた提案先が明示される――といった仕組みがすでに現場に実装されています。さらに、AI技術を活用した自動化も営業担当の行う日常的な業務部分から活用シーンが広がっており、「自社組織にとってのベストプラクティスを構築し、組織で運用する」ことが推進されています。

黒革の手帖 複数のツールを使用する複数部署のデータが統合されている様子(作成:Magic Moment、以下同)

 米国では組織の作り方、テクノロジーの活用状況から「独自の顧客に独自手法で」営業活動を行い、職場から離れると顧客も離れてしまうような一時的な恩恵をもたらす人材よりも、「職場から離れても営業効率が上がる」活動を行う人材の方が評価される傾向にあります。

 このように「黒革の手帖」を持つ人材を集めることよりも、組織としてのスケーラビリティ(拡張可能性)を担保し、人が抜けても活動効率を保つ、または人材の入れ替わりがある度に効率を上げていくことを重視する傾向は米国に限った話ではありません。AIの登場によりデータ品質やその量の重要性が高まる中で、データを組織的に蓄積できている企業とそうでない企業で、将来大きな差が生まれることが見込まれているのです。

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