侍ジャパン・栗山英樹前監督に聞く「WBC優勝の意義と課題」2023年、話題になった「あれ」どうなった?

» 2023年12月21日 08時00分 公開

 2023年、日本時間3月22日。侍ジャパンこと野球日本代表は第5回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)で14年ぶり3回目の優勝を果たした。この決勝戦最終打席の投手・大谷翔平と打者・トラウトの対決は多くの人が目にし、水曜日の午前11時43分という時間帯にもかかわらず、世帯視聴率は44.6%という数字を記録した。

 この瞬間、職場や家で仕事をしながら見ていた人や、中には有給休暇を取った野球ファンも多くいた。日本代表が決勝進出を決めたのが21日の前日だったことから、有給休暇をスムーズに取得した人と、「今からだと有給休暇が取れない」と嘆く人に分かれ、職場環境が明暗を分ける形にもなった。

 それほど話題になった野球は、WBCだけでもかなりの経済効果があると言えそうだ。実際に専門家による研究もされており、関西大学の宮本勝浩名誉教授は、第5回WBCの経済効果を約654億3329万円と試算している。

 内訳としては、東京ドームでの試合に訪れた観客の飲食や宿泊などの売上額が約104億円。強化試合や壮行試合関係の売上高が41億円に上ると見ている。もともとは約596億円と試算していたが、大谷翔平選手の人気により公式グッズが品薄になったことなどにより、58億円の上方修正となった。ちなみに大谷選手が出場せず、結果もベスト4にとどまった17年の第4回WBCの経済効果の試算は約343億円で、それほど“大谷効果”の大きさがうかがえる。

photo 大谷翔平選手(出典:WBC公式Webサイト)

栗山前監督「WBC優勝は好影響。しかし課題もある」

 その後プロ野球が開幕し、23年を通じて野球に高い関心が集まった。セ・リーグでは阪神が18年ぶり6回目のリーグ優勝。パ・リーグでもオリックスが3年連続15回目の優勝を果たした。奇しくも両チームとも大阪と兵庫を本拠地とする球団であり、関西圏を中心に大いに盛り上がった。10月から11月にかけての日本シリーズでは、阪神が38年ぶり2回目の日本一を果たした。

 宮本名誉教授は阪神優勝の経済効果も試算しており、関西地域による経済効果だけでも、WBC優勝の約654億円を218億円上回る872億2114万円とみている。日本代表の経済効果よりも、特定の企業や地域と結びつくプロ野球の経済効果のほうが大きくなった形だ。実際に阪神が優勝した際には、大阪に拠点を置く小売店が特売セールを実施した。

 11月23日には日本シリーズで激闘を繰り広げた阪神とオリックスの選手による合同の優勝記念パレードが大阪、神戸の両市で開催され、両会場に延べ100万人のファンが集まった。

 なぜここまでの経済効果となったのか。宮本名誉教授は「18年ぶりの優勝でファンの盛り上がりが大きい」ことや「新型コロナウイルスにおける行動制限の撤廃」の2つの要因を挙げる。

 WBCで14年ぶり優勝の立役者となった当事者は、野球で大いに盛り上がった2023年をどう見ているのか。WBCで日本代表監督としてチームを率いた侍ジャパン・栗山英樹前監督は、タニタが主催する第20回「タニタ健康大賞」を受賞し、12月11日に都内で開いた贈賞式に出席した。

photo 侍ジャパン・栗山英樹前監督

 贈賞式で栗山前監督は、WBCとコロナ禍を振り返ってこう話した。

  「コロナ禍では、プロ野球で無観客の試合がありましたが、ファンの皆さんがいなかったので感動的なドラマのある試合にならなかった。いかにファンの皆さんの思いや力が大事かを感じるきっかけになった。本当に感謝しています」

 自身が監督業をする上で座右の銘の一つにしている「三方良し」という言葉についても、自身の哲学を語った。「三方良し」とは、もともとは近江商人が掲げた経営理念で、自分・相手・世間の三者が満足する商売を表した言葉だ。

  「プロ野球では企業と同様、僕も監督業として『試合に勝ちたい』という思いはあるし、結果を残さないと続けられない選手の生活のことも考えながら仕事をしています。でも、これだけに意識を向けてしまっていても、なかなか結果を出せないんですね。やはりプロ野球はファンがいて興行が成り立つものですから、野球を愛してくださる方々、つまり『三方良し』で物事を考えて仕事をしないと前に進んでいかないと思います」

 栗山前監督はWBCで日本代表を優勝に導いただけでなく、パ・リーグの北海道日本ハムファイターズの監督として12年から21年の10年間を率い、リーグ優勝2回、日本シリーズ制覇1回の結果を残している。どのように選手をマネジメントしているのか。

 「僕が監督になったとき、選手全員にお願いしたのは『人に迷惑を掛けないでくれ』という一点だったんです。要するに朝まで飲んでいて翌日の試合でエラーをするとか、集中力がないとか、そういったことで、みんなに迷惑を掛けることはやめてくれとお願いしていました」

 「これだけはしてはならない」という最低限を、最小限にお願いし、あとは選手達の自主性に任せていったという。

 「僕自身がスイッチを入れていても、選手達のスイッチが入っていなければチームが前に進みません。ですから僕は、自分自身はスイッチを入れないで、そのお手伝いをする考えしかないんですね。最小限のことを言ったら『あとはもう自分で選んでくれ』と逆に選手たちを信頼しています。選手たちも『君が選んでくれ』といわれると少しは考えてくれます。チームが良い方向に進むにはどうしたらいいか。それを考えるきっかけ作りのために僕がアプローチしていた感じでした」

 栗山前監督は、WBCで日本が優勝したことは好影響ではあるものの、日本の野球界には依然として課題があると指摘する。

 「WBCを優勝して、全国各地をいろいろと回っていて『あれをきっかけに野球好きになりました』『野球を始めました』という声がありました。ただ現状は何も変わっていません。野球は道具などでどうしてもお金がかかるスポーツなので、そのハードルがあります。また、公園でキャッチボールができるところも少なくなってきていて、野球を取り巻く環境は年々厳しくなっています。こういった中(大谷)翔平が日本国内の全小学校にグローブを6万個寄贈しました。トップ選手としての責任を自覚してくださっている人もいます」

 栗山前監督は日本の野球をめぐる組織機構や、部活動の近況についてもこう話す。

 「昔から言われていることでもありますが、野球は各連盟が並立している問題があります。サッカーだと指導者を例にしても、S級ライセンスを頂点に、しっかりピラミッド的に制度化されています。野球も、何とか全ての組織が一つに協力体制を組む形にしていかなければなりません。他にも、23年度から公立中で『部活動の地域移行』が始まっていて、部活動の指導を学校の顧問から地域の外部団体に移行する取り組みが進んでいます」

 WBCで日本が優勝して多くの経済効果があった。一方で、日本の野球が抱える問題もある。教育から組織構造に至るまで課題を解決していく必要があるのだ。

 栗山前監督は日本代表監督を、WBC優勝後の23年5月末で勇退した。今後についてどのように考えているのか。

 「一つ一つの課題を解決していくことは難しいと思っています。野球界の中で自分は本当に何ができるのか。もう一度あらためてしっかりと考えて、行動できるところはしっかりとしていきたいですね」

 24年にどのように野球が進化していくのか注目だ。

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