マーケティング・シンカ論

三日坊主にはなれない? Duolingoの「離脱ユーザー」を引き戻す画期的な仕組みグッドパッチとUXの話をしようか(2/2 ページ)

» 2024年02月16日 08時30分 公開
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たった5分 低いハードルと十分な達成感

 ここまでは「三日坊主になること」を前提にした話をしてきましたが、もちろんできることなら毎日学習を続けて欲しいもの。

 毎日学習を続けることを前提にした場合、三日坊主で終わらせないために必要なこととは何でしょうか。それは当然ながら「2日目以降もアプリを開いてもらうこと」。初日のようなモチベーションが2日目以降に期待できない中、それでもレッスンを受けてしまう仕組みがDuolingoにはあるのです。

 そのポイントは、ずばり「低いハードルと十分な達成感」。

 何といっても、1回当たりのレッスンの量がコンパクトです。所要時間は約5分。そして特筆すべきは、そのレッスンに含まれるコンテンツの充実っぷり。リーディング、ライティング、リスニング、スピーキングがバランスよく配分されており、たった5分間でも一定の達成感を味わうことができるレッスン構成になっています。

ゲーム感覚で学べる設計になっている(画像:Duolingo, Inc.プレスリリースより)

 コンパクトだからこそ気軽にレッスンを受けられて、達成感も得られる。人が何かを習慣化する際のプロセスを示す「フックモデル」でも、習慣化のためには「報酬」が必要だと定義されています。達成感という「報酬」は次回への期待となって、「明日またレッスンを受けよう」というモチベーションへとつながります。

 もう1つ大事なことを付け加えます。それは、Duolingoは「その5分に意味がある」ということを、しっかりユーザーに伝えているのです。

 例えば、Duolingoから時折「5分だけ時間あるかな?」と通知メッセージが届きます。言語学習において5分という時間は決して十分な時間ではありません。しかし、高いモチベーションの持続が期待できない言語学習だからこそ、そのハードルは下げておく必要がある。

 その5分に意味を持たせて、レッスン後の達成感につなげていく。これは習慣化の形成につながる見事な通知と言えるでしょう。

でも5分で終わらせてくれない その絶妙な仕掛けとは?

 しかしDuolingoは、5分でレッスンを終わらせてくれるほど甘くはありません。あの手この手で「もうちょっとレッスンを続けよう」という気持ちにさせてきます。

 代表的な仕掛けとしては「ランキング」があります。

 まず、Duolingoには「リーグ」と「ランキング」という概念があります。世界中のユーザーは数十人からなるリーグに振り分けられて、1週間当たりの学習量を競います。レッスンをこなせばポイントが貯まってランキングは上昇し、上位に入れば上位リーグに進めます。逆に下位に入れば下位リーグに降格。サッカーでいうJ1、J2のようなイメージですね。

 これは「ランキングがあるから、ついつい頑張ってしまう」という話なのですが、「学習の継続」観点で考えると、昇格も降格もない「残留」の枠こそがポイントです。つまりは上位でも下位でもない中間層。「降格はしたくないから、もうちょっとだけレッスンを受ける」という行動を促しています。

 本当に高いモチベーションで臨んでいるユーザーは、きっと昇格に値するだけの勉強量をこなすでしょう。でも忙しい毎日で、5分程度の1レッスンを受けるだけで上出来のユーザーもたくさんいます。そんな人たちにとって「今のリーグに踏みとどまる」のは、あとちょっとだけ頑張れる、ちょうどいい目標になり得るのです。

リーグ内でのランキングが見られる(画像:Duolingo, Inc.プレスキットより)

 さらに、このランキングに関しては面白い仕掛けがまだあります。それは「15分間だけポイントが2倍になる」というイベントです。

 レッスンを受けることで獲得できるポイントは、1レッスンで20ポイントというように決まっています。ただ、1つの単元を修了したタイミングなどで「15分間だけポイント2倍」というボーナスタイムが発生するのです。

 「現時点で下位だから、ボーナスタイムを使って安全圏内に入っておきたい」「明日はあまりレッスンの時間が取れないから、今のうちにポイントを稼いでおきたい」──そのような「もうちょっとだけレッスンを受ける」という体験を生み出しているのです。

 「今日は2倍」ではなく「今から15分が2倍」。15分という時間がちょうどいいのでしょう。フラッシュマーケティングなどにも代表されるような、時間設定を起点とした体験の作り方という意味で、お手本のような仕掛けです。

モチベーションだけでは続けられない Duolingoに通底するスタンス

 Duolingo社のCEOであるルイス・ファン・アン氏は、テレビ東京のインタビューでこう語っています。「Duolingo退会者が競合アプリにいったとは聞いていない。単純に時間がないからやめた。本当に忙しいわけではない。インスタやTikTokに時間を費やすようになった」と。

 言語学習をやらなくても日々生きていけます。仕事のため、趣味のため、旅行のため──。今の暮らしにプラスアルファとして取り組むのが言語学習です。「話せるようになりたい」というモチベーションがあったとしても、きっと目の前の楽しいことに時間は奪われてしまいます。

 最後に1つ「B=MAT」という消費者行動モデルを紹介します。これは「動機、能力、きっかけ」の3要素によって行動が起きることを示したもので、ビー・ジェー・フォッグ氏が提唱しました。

消費行動モデル「B=MAT」(画像:筆者作成)

 つまり、特に緊急性の低い言語学習という行動を継続してもらうには、モチベーションだけに向き合っては成り立たないのです。いかにそのハードルを圧倒的に下げられるか。そしてTikTokやインスタグラムではなく、レッスンに向かいたくなるきっかけを用意できるか。

 三日坊主を許し、たった5分の学習に意味を持たせ、少しでも長く使ってもらえるよう手を尽くす。ここまでしてやっとユーザーのモチベーション維持に成功しているDuolingoには、サービス開発に携わるものとして尊敬……というより畏怖とすら言えそうな感情を抱いてしまいます。

 皆さんが日々使っているアプリやサービスはありますか? それを日々使い続けられるのはなぜでしょう。そこには、ひょっとしたら、皆さんが「今年の抱負」を続けるためのヒントが潜んでいるのかもしれません。

著者紹介:高階有人

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株式会社グッドパッチ UX/サービスデザイナー。大手SIerにてシステム開発やデジタルビジネス企画を経験。その後コンサルティングファームにて、官公庁向けのITコンサルティングや調査研究に従事。2021年にグッドパッチにUX/サービスデザイナーとして入社。暮らしや仕事になじんでいくサービスを生み出すことを信条としている。趣味は音楽とアイスランド。


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