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ロックフェラー家当主も推進するブルーシーフードが救う 海洋大国ニッポンの課題

» 2024年03月24日 12時34分 公開

 さまざまな日本企業が取り組みを進めている「SDGs」。国連が掲げる持続可能な開発目標の達成を目指すことによって21世紀のさらなる発展に期待する取り組みで、その多くを環境への配慮が占めている。

 全17の目標の中で、世界でも6位の海洋面積を持つ日本として特に無視できない項目が14番目の「海の豊かさを守ろう」だ。持続可能な開発のために海洋環境・海洋資源を保全し、持続可能な形で利用することを目標に掲げている。国内でも2018年に漁業法が70年ぶりに改正され、水産資源管理の考え方を大幅に革新した。

photo スーザン・ロックフェラー氏(左)と、スーザン氏の夫であるロックフェラー家当主のデイビッド・ロックフェラー・ジュニア氏(撮影:河嶌太郎)

 この目標のもとに、セイラーズフォーザシー日本支局(SFSJ)が進めているのが「ブルーシーフード」だ。ブルーシーフードとはサステナブルな魚介類、つまり(1)資源量が比較的豊富な魚種で、(2)生態系を守りつつ、(3)管理体制の整った漁業による魚種を指定し、「積極的に食べよう」と推奨する魚のことを指す。ポジティブ・キャンペーンによって、激減した魚の資源を回復させることに着目しているのが特徴だ。

 捕鯨などのように、ある魚種の漁獲高が減ったから一律に漁獲を禁じるようなものではない。あくまで持続可能な水産物を優先的に消費することにより、 日本の漁業を支援しながら枯渇した水産資源の回復を促進するという考え方に基づいている。国連食糧農業機関(FAO)の「責任ある漁業のための行動規範」を原則として、科学的に定めた独自のメソドロジーに基づき、持続可能な水産物を選択しているのだ。

 例えば、太平洋クロマグロは過去50年で97.4%も漁獲量が減少したものの、厳しい資源管理の結果、短期間で資源量が増えてきたことで絶滅危惧種からは外れた。ウナギは絶滅危惧種に指定されていて、その希少性から違法取引も横行している状態だ。水産庁によると、食用として獲り続けられる資源量が豊かな魚種は、全体のわずか24%にすぎないという。

 そう考えると、クロマグロもウナギも地球環境のために食べるのをやめるべきだと思いがちだ。だが、ブルーシーフードの考え方ではそうではない。ブルーシーフードをリストにしてまとめた「ブルーシーフードガイド」では、太平洋クロマグロはリストに入っていないものの、「大西洋」クロマグロはリストに入っており、持続可能な漁業による北大西洋クロマグロでMSC認証(水産資源や環境に配慮し、適切に管理された持続可能な漁業に関する認証)を取得したものは、ブルーシーフードとして奨励しているのだ。

photo ブルーシーフードガイドの一部(セイラーズ フォー ザ シーのWebサイトより)

 同じ魚種でも、場所や漁獲方法が変われば持続的な漁獲が可能ということである。他にもマグロ属の魚では、ビンナガやキハダマグロ、メバチマグロがリストに入っている。これらの魚は今でもスーパーなどで手頃な値段で買えるマグロだ。

 さらに、ブルーシーフードガイドは包括協定を結んだ地方自治体と協力して、地域版を発行していて「ブルーシーフードガイド東京都版」も出している。地域ごとの海洋資源の特性に合わせているのだ。地域の漁業の特性を反映させることにより、全国版よりさらにきめ細かい評価を実現している。

 ブルーシーフードガイドは毎年更新していて、その時々に応じた柔軟な魚種の推奨を可能にしている。こうした考え方により、日本をはじめとする各国の漁業を継続しながらの海洋資源保護を可能とし、まさしくSDGsの理念に合致する取り組みなのだ。

 国内企業や団体も、ブルーシーフードの取り組みに注力している。例えば大手電気機器メーカーのマクセルでは、社員食堂のメニューにブルーシーフードを積極的に取り入れている。同社が社食として提供しているブルーシーフードランチは、一番の売れ筋になっているという。

 東京都庁でも期間限定ながら、ブルーシーフードを使用したランチメニューを2023年10月に提供した。東京都小笠原産のメカジキを使用した「メカジキの大葉チーズ焼き」や「メカジキのフライタルタルソース」に加え、「三陸産カキフライ」「青森陸奥湾産帆立と野菜の天丼」を提供し、それぞれ200食程を限定で用意したものの、1時間ほどで完売するほどの人気となった。記者は提供日の初日に都庁の食堂に足を運んだものの、このランチは全て売り切れていて、翌日に再び足を運んだ。

 32階の職員食堂では東京都小笠原産のメカジキを食べられた。ブルーシーフードパートナーの魚耕ホールディングスが、豊洲市場から直送したメニューだ。4階の職員食堂でも同じくブルーシーフードパートナーのエームサービスが、カキやホタテのメニューを提供していた。

photo 32階の職員食堂で提供されたマカジキフライ タルタルソース(880円)

 ブルーシーフードを使ったメニューは、漁獲資源に余裕のある魚種に絞っているからか、見た目のボリュームの割に安価でお得感があった。漁業関係者と消費者、そして海洋資源の観点から「三方良し」といえる取り組みだ。

 都庁の食堂でブルーシーフードランチを推進した狙いについて、東京都農林水産部水産課の藤井大地課長はこう話す。

 「都庁職員をはじめとした消費者の方に、ブルーシーフードを広く知っていただく取り組みとして実施しました。もともと都では21年6月に『水産業振興プラン』を公表し、持続可能な漁業の実現と、水産業の競争力強化に向けた施策展開に取り組んでいました。この理念とブルーシーフードの理念が一致していましたので、同年9月にSFSJと包括協定を締結したのが始まりです。今後も同様のイベントを実施していきたいと考えています」

 マクセルや東京都以外にも、このブルーシーフードの理念に賛同する飲食店・企業・団体は24年3月時点で75にのぼり、少しずつ支持を増やしている。

ロックフェラー氏「法律の実行こそが重要」 

 このブルーシーフードを推進する団体が、04年に米国で設立したNGO「セイラーズ フォーザシー(SFS)」と連携した、独立した日本法人のセイラーズフォーザシー日本支局(SFSJ)だ。名誉会長はロックフェラー家の当主でロックフェラー・キャピタルマネジメント取締役のディビッド・ロックフェラー・ジュニア氏が務めている。もともとSFSはデイビッド・ロックフェラー・ジュニア氏が設立した。

photo ロックフェラー・キャピタルマネジメント取締役のデイビッド・ロックフェラー・ジュニア氏

 デイビッド氏は妻のスーザン・ロックフェラー氏と共に海洋保護活動に積極的に取り組んでいて、82歳になった今でも夫婦で毎年日本を訪れ、啓蒙活動を続けている。

 23年10月に都内で開かれたセイラーズフォーザシー・ブルーシーフードガイド チャリティーレセプションでは、国内のブルーシーフード協賛組織などからの出席者を前に、デイビッド氏が法律を実行することの重要性を訴えた。

 「日本では18年に70年ぶりに漁業法が改正され、海洋保全が前向きに進んでいることは素晴らしい業績だと思います。流通適正化法により、魚の漁獲から販売、市場やレストランまでの透明性が向上しました。この過程では、何が漁獲されたか、どれだけの量の魚が海から漁獲されたか、どのような方法で漁獲されたかの3つが重要になります。これらは私たちが知るべき大事なことです。これからは法律の実行こそが重要でしょう」

 スーザン氏も、透明性を確保することの重要性を語りかけた。

 「SFSJが効果的に他の団体と連携して、透明性を確保することや、違法漁業により正しく産地表示されていない魚を、正しくラベルすることを望みます。本当に豊かな海は、10億人以上の人々に、毎日ヘルシーなシーフードを食事として永遠に提供できます。シーフードは私たちに残された最後の天然の食料資源であり、適切に管理して永遠に存続させなければなりません。世界の人々にシーフードを供給し続けられる道筋を期待します」

photo スーザン・ロックフェラー氏

 日本は今後どのように海洋資源保護に取り組むべきなのか。SFSJの井植美奈子理事長が、「周回遅れ」の現状を説明する。

 「日本ではようやく管理漁業の考え方が主流になりました。一方、世界ではSDGsが叫ばれる前の10年以上前から、管理漁業が主流となっています。管理漁業に転換したきっかけは、1980年代に乱獲が問題視されたことです。

 欧米では80年代の反省に基づき、90年代には管理漁業に向かっていきました。しかし日本では2015年あたりからですから、世界とは20年以上の開きがあります。日本はこの分野では『周回遅れ』であるという危機感を持って、海洋保全に率先して取り組んでいかなければなりません」

photo セイラーズフォーザシー日本支局の井植美奈子理事長

 他の先進諸国より動き出しが遅いことも少なくない一方、官民一体となって問題意識を共有できれば、一気に物事が進むのが日本の特徴とも言える。今後ブルーシーフードをはじめとする海洋資源保護において、どのようにプレゼンスを発揮していくのか。SDGsの時代を生き抜く日本企業にとっても、大きな課題といえるだろう。

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