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シェアサイクルはどう変わる? 高価格化と公益性に揺れるHELLO CYCLINGの葛藤

» 2024年04月18日 08時00分 公開
[河嶌太郎ITmedia]

 NTTドコモが「ドコモ・バイクシェア」として事業化して始まったシェアサイクルの市場。2016年11月に「HELLO CYCLING(ハローサイクリング)」が参入し、7年間で全国に7800カ所のポート数を展開し、シェアトップを獲得した。地域の交通課題解決を図る「二次交通」事業者として、120自治体との連携を進めている。

ハレノヒサイクル(以下、社長の写真以外はOpenStreet提供)

 一方で物価高の影響を受け、ハローサイクリングもこれまで2度の値上げをしてきた。クロスバイク型の電動アシスト自転車や、原付タイプの電動サイクルを一部地域で投入し、時間あたりの単価の設定幅を設けることによって、高価格戦略も採っている。移動の快適性を求めるユーザーからは好評である一方、公共交通の一翼を担う立場としては葛藤もあるという。

 シェアサイクルは今後、社会でどんな位置付けになっていくのか。前編中編に引き続き、ハローサイクリングの運営会社である、オープンストリートの工藤智彰社長に聞いた。

工藤智彰(くどう・ともあき)OpenStreet社長CEO。2008年ソフトバンクに入社。人事部門にて、ソフトバンクアカデミアの企画・運営や、ソフトバンクイノベンチャーで新規事業開発・会社設立推進を担当。16年にイノベンチャー制度で設立したOpenstreetへ経営企画として参画。21年10月に社長就任。また、国土交通省シェアサイクル在り方検討委員会の委員や一般社団法人シェアサイクル協会の副会長も務める

「海外のノーブランド」と「国産車体」 どちらが収益を生む?

――ハローサイクリングでは、ヤマハ発動機やパナソニックの電動アシスト自転車をはじめ、他社に比べて自転車の品質の高さが特徴です。どういった狙いがあるのでしょうか。

 シェアで使うからには、コストを抑えてすぐに故障するよりは、一番スペックのいいものを長年にわたって回していく方がいいと考え、その方針を取りました。サービス開始から7年目になりますが、創業期の車体がまだ6割ぐらい稼働しているので、これは正解だったと思っています。

 都市部では、5年前に導入した車体が月に万円単位で収益を生み出しています。車体が十数万円の自転車だとして、1〜2年程度で元が取れてしまうんです。一部には海外製のノーブランド車体を導入した地域もあるのですが、1年半後にはボロボロになってしまいました。一方ヤマハやパナソニックなどの国産車体は価格差を考慮しても、数万円程度の差に過ぎません。

HELLO CYCLINGで利用できる車両の種類

――それで耐用年数が倍以上違うのであれば、顧客満足度の面でも国産ブランド自転車を取り入れたほうが合理的とも言えそうですね。

 ノーブランドの車体とヤマハの自転車が並んでいるポートがあって、2人一緒にそれぞれの車体を借りたユーザーさんがいたのですが「ちょっと俺の外れなんだけど」と言いながら走っていたんですよね。これが全てを物語っていて、電動アシスト自転車の中でも、ユーザーの満足度が高いのはヤマハやパナソニックの国産上位機種でしたね。

――1月末からは千葉市やさいたま市など、一部地域で特定小型原付に分類される電動サイクルの導入も始めています。キックボードタイプではなく、原付のように座ってアクセルを回すタイプでしたが、どんな意図からなのでしょうか。

 欧州で電動キックボードの導入が進んだ中での傾向として、立ち乗りのキックボードタイプだと頭部における重篤な負傷が多いという文献がありました。主な要因としては、重心の高さや車輪の径の小ささ、そして展開性能の小ささなどによって、前のめりに体が投げ出され、頭を打つ原因となっています。こうした事故を防ぐ目的としても、座り乗りタイプの車体にした経緯があります。

――電動サイクルに限らず、シェアサイクルによる事故も当然起きていると思いますが、どのような対応を取っているのでしょうか。

 自転車として、交通事故は発生しています。保険会社の調査結果などを分析し、どういった事故が起きているのかのデータも取っていますが、ここにおいて一般の自転車が世の中で起きている事故と、特に何か違いがあるわけではありませんでした。

 事故防止に際しての注意事項は所有する自転車と同様であるため、ハローサイクリングでも新しく利用するユーザーさんに対してアプリ上で交通ルールテスト実施する、交通安全ガイドブックを配布するなど啓蒙活動をしています。

 電動サイクルはまだ新しいカテゴリーである特定小型原付です。現時点では事故や違反は発生していませんが、自転車にはなかった事故が起きる可能性を考慮し、慎重に車体の投入と検証をしています。事故の重篤化を防ぐ上で、利用状況の分析や調査を進め、対策を講じていきます。

――公共交通機関との価格差で利用を決めるユーザーもいると思います。価格設定について、どうお考えでしょうか。

 シェアサイクルは二次交通機関として、公共交通に準じる考え方がありますので、その地域の公共交通機関の水準に合わせるべきだとする側面もあります。16年のサービス開始からこれまで2回値上げをしているのですが、ユーザーの離脱は一桁%で、ほぼ利用を継続していただいています。

 近年のインフレに対してはまだ安いとする意見もある一方で、公共交通機関の価格は上げることが難しい側面もあります。ですので、シェアサイクル全体を値上げするのではなく、ハイスペックな車体を高単価帯で配備し、選択できるような取り組みもしています。実際に配備を進めているのが「e-bike」タイプと呼ばれる、クロスバイクの電動アシスト自転車です。まだ比率は低めなのですが、スポーツタイプの自転車なので、シティサイクルタイプにはない疾走感が得られるのが特徴です。

 これは通常のシェアサイクルが30分130円の価格に対し、30分300円という高価格設定なのですが、ユーザーの中にはこのe-bikeタイプを「当たり」だと好んで利用する方もいます。

スポーツタイプの電動アシスト自転車「KUROAD Lite」

――JRのグリーン車もそうですが、高価格帯サービスを好んで利用するユーザーも一定数いるので、こうした層のニーズを拾えますね。

 公共交通より安いから乗っているようなコスパ志向の利用者も少なくない一方で、快適な移動を求めて、倍以上の値段でも気にせず利用する方もいます。ユーザーの利用動向が二極化しているので、高価格帯の路線に寄っていく方針もあり得るとは思います。実際に、自転車をポートに設置できる台数は限られているので、高単価な利益を生み出す戦略は十分に考えられます。ただし、われわれはその地域の二次交通を担っている公共性もあり、その意味では廉価な部分も必要です。この2つの考え方は悩ましい部分ではあります。

――比較的廉価なサービスの車体であっても、他事業者と比べると高単価な車体を投入していることによって、差別化を図れている部分が大きいと思います。この部分はどのように決めているのでしょうか。

 高価格帯の車体導入を検討したきっかけは、欧州のシェアモビリティサービスの体験からです。もともと公共のシェアサイクルがある街に、ハイスペックなebikeのシェアリングサービスの会社が参入し、支持するユーザー層もそれぞれに存在して共存していました。

 車体の選定に際しては、新しい車体は必ず東京・竹芝の本社から、私の自宅がある大宮まで乗って帰って試すようにしています。ちょうど30キロメートルくらいなので、この距離を乗ることで、バッテリーの性能がスペックほど持つのかどうか、車体に設計はしっかりしているのかどうかなどが見えてきます。周囲からは「社長が体を張るのはやめろ」とは言われていますが(笑)。

――社長自ら30キロも乗って車体を試しているのですね。

 実際に乗って試してみると、長距離移動にバッテリーが持つのかどうか、車体にガタつきなどがでないか、特に風の強い日に荒川などの橋をきちんと電動アシストして漕げるのかどうかが分かってきます。東京には急な坂も多いですから、本当に電動アシストできるのかどうかは重要ですよね。

――都市部だと短距離の利用が多いとは思いますが、観光地では1日30キロを超える長距離の利用も出てくるとは思います。

 例えば茨城県水戸市がまさに観光周遊型の利用が多いですね。ユーザーが過去にどのような移動をしたのか、たどれるようになっているのですが、水戸市の場合、隣の大洗町まで行って帰ってきている利用者も一部います。これは大洗がアニメ『ガールズ&パンツァー』の「聖地」になっていて、その利用だと考えられています。GPSデータから一時駐輪をしているスポットを可視化できますが、そのスポットが「聖地」の場所と一致しているためです。こういった利用は市内移動を意図した当初の想定を超えたものでした。「聖地巡礼」は地域内の細かい移動が多いので、シェアサイクルとの相性が良いんです。この傾向は愛知県岡崎市でも見られます。

――岡崎市はYouTubeチャンネル「東海オンエア」の拠点になっていますね。

 東海オンエアは岡崎市の観光大使にもなっていて、実際にシェアサイクルに乗って街の中を案内する動画もあります。すると、ファンが岡崎市を訪れて、東海オンエアと同じルートを走る動きが多数あるようです。

 他にも東海オンエアのマンホールが市内に複数設置されているので、これらを全部「巡礼」する利用者もいますね。また、岡崎市は徳川家康公生誕の地でもあるので、家康公や四天王がラッピングされた車両もあり、岡崎城などの観光地を巡る方もいます。そのため、岡崎市は国内でもトップクラスの利用頻度となっています。

――「聖地巡礼」に限らず、観光との相性がいい乗りものですよね。

 実はシェアサイクルで一番ロングライドされたのも「聖地巡礼」関連になります。その距離は千葉市の海浜幕張駅から兵庫県西宮市の西宮北口駅まで、実に500キロ以上の移動距離になります。

――なんでこんなに長距離になったのでしょうか。

 埼玉県所沢市に本社を移したKADOKAWAとのコラボ事業として、『涼宮ハルヒの憂鬱』のキャラクターをラッピングした自転車を50台限定で所沢市に提供しています。この「限定自転車」を借りたファンが、『涼宮ハルヒの憂鬱』の「聖地」である西宮市まで移動し、現地で返却したものになります。 全行程を漕いで移動したのではなく、主にフェリーに自転車を乗せて、四国を経由して旅していたようですね。

――ファンの行動にも驚きですが、返却地に制限がないのも驚きです。

 エリアで区切る場合もあるのですが、基本的には特に塞いでいないので、全国どこでも返却できます。この自転車は西宮市の現地でもファンから愛されていたので、かなりの利用がありました。今では東京のほうに戻ってきています。われわれ運営側としても、ハルヒ自転車だと分かるように自転車の表示を変えたので、「公式遊び過ぎ」だとファンからもつっこみが入ることもありました。こういったファンコミュニケーションがシェアサイクルで発生するとは想定していなかったので、利用者に愛されるサービスとなれたことは、うれしく感じています。

――これからもエリアを拡大していくと思いますが、シェアサイクルは今後どのようになっていくのでしょうか。

 シェアサイクル市場の定義として、弊社が独自に人口や車の交通分担率などから試算して、展開ターゲット地域を設定していました。このうち、多くの自治体はシェアサイクル事業者と連携を結んでいる状態になりました。今では、自分達から営業を持ちかけるのではなく、どちらかというと「導入したいです」という要望をいただき、対応する形が多くなっています。

 シェアサイクルの普及を携帯電話回線に例えることもあるのですが、今は利用エリアが拡大している段階になります。やがてその段階も落ち着き、他事業者と単に競合するのではなく、MNPのように相互互換性を持つ段階が来るのかもしれません。実際、利用ポートを他事業者と共有できたほうがユーザーの利便性向上に繋がるので、複数事業者や自治体が集う場で議論のテーマになることもあります。まだ実現段階には遠いですが、考え方は各関係者に理解していただいています。

 他にも、自転車の予約は現状では各事業者のアプリから入れる形となっていますが、Googleなど単一のプラットフォームから利用できる日も来るかもしれません。自転車などハード面の問題はあるものの、ソフト面の技術的には全く可能なことではあります。

 欧州では、シェアモビリティ事業者のM&Aがどんどん進んでいって、大規模なシェアモビリティ事業者がくっつき始めています。国内だとまだその段階には達していませんが、当面伸びるマーケットだと思っています。事業者同士が削り合うのではなく、いかにマーケットを拡大させられるのか、白地の獲得競争から、協調的展開も必要となる時期は近いとみています。

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