上出氏はテレビ東京在職中に携わったドキュメンタリー番組「ハイパーハードボイルドグルメリポート」シリーズで、放送番組の賞で最も権威があるギャラクシー賞を2019年に受賞した。翌年に書籍化もして話題になるなど、テレビと出版の両業界で注目された存在だ。
一方で、別の点から業界に衝撃を与えたのが、講談社の文芸誌『群像』の2021年4月号に寄稿した「僕たちテレビは自ら死んでいくのか」だった。上出氏が暴走族の少年を取材して制作した音声配信番組が、一旦は審査部から「問題なし」と判断されながら、テレビ東京ホールディングス社長の反対などによってお蔵入りした顛末を書いたものだ。
この問題が起きた後、2022年6月に上出氏はテレビ東京を退社することに。退社を決断した理由を明かしてくれた。
「もともとテレビ東京では30歳くらいまで働けばいいのかなとぼんやり考えていたものの、担当する番組がずっと途切れなかったので、辞めるタイミングがありませんでした。それが『群像』に寄稿したことをきっかけに、社内での立場が悪くなって動きづらくなりました。いろいろなことが制限されるようになったので、いよいよ飛び出した方がいいのかなと思ったのが退社の理由です」
寄稿への反響も引き金を引いた。
「寄稿したことで、いろいろな部署の人から感謝の声や、応援しているといったメッセージが届きました。応援自体はうれしかったのですが、若造が声を上げたことに対して、先輩たちが水面下で応援するのではなくて、何でみんな表に立って声を上げないのかとも思いました。寄稿によって経営陣と対話する場ができて、後輩が番組をつくりやすい環境ができればいいなと考えていたものの、組織としては『許すまじ』という対応で、結局何も解決しませんでした。だから、敗北ですよね。テレビ東京で感じたメディアに対する失望も、この本の中には少しずつ紛れ込んでいると思います」
『ありえない仕事術』では、メディアが抱える問題点もさらけ出している。その一つが、かつて報道業界に身を置いていた人物から、ドキュメンタリー制作者は「不幸探しのプロ」だとしてハゲワシを意味する「ハゲ」と呼ばれる場面だ。ここでは声なき声を発信するドキュメンタリーの役目を果たそうという思いと、他者の悲劇を商業利用していると批判されることの葛藤がつづられている。この場面を描いた背景を聞くと「ドキュメンタリー制作者が抱える矛盾や、グロテスクな側面を自己批判として書いた」と話す。
「この本によってドキュメンタリー制作者に対して悲劇の商業利用といった目線が広がってしまうことは、僕にとってはネガティブなことで、自分の仕事を否定される可能性が高まるかもしれません。だから、自分で書きながら震えあがっていました。でも、そういう批判的な目線を自分の中で持ち続けることは、すごくタフなことだと思います。僕も年を取れば取るほど体力がなくなって、批判から目を背けて、自己都合で番組を作るようになるかもしれません。そうならないように、自分に対する批判的な目をあえて外に出しておくことで、自分の戒めになるように、この本で準備しました」
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