リテール大革命

キャッシュレス大国インドを支える「UPI」システムとは? 現地視察から見えた、日本で電子決済が進まない理由がっかりしないDX 小売業の新時代(1/3 ページ)

» 2024年11月29日 07時00分 公開
[郡司昇ITmedia]

連載:がっかりしないDX 小売業の新時代

デジタル技術を用いて業務改善を目指すDXの必要性が叫ばれて久しい。しかし、ちまたには、形ばかりの残念なDX「がっかりDX」であふれている。とりわけ、人手不足が深刻な小売業でDXを成功させるには、どうすればいいのか。長年、小売業のDX支援を手掛けてきた郡司昇氏が解説する。

 10月、筆者はインド視察に行きました。最初に衝撃を受けたのは、到着したニューデリー空港の自動販売機で現地の携帯電話番号がないと買い物できなかったということです。

 これは、インドで急速に普及しているキャッシュレス決済システム「UPI」の存在を肌で感じる最初の瞬間でした。

UPIとは?

 UPI(Unified Payments Interface)は、インド国立決済公社が運営する、24時間365日利用可能なリアルタイム送金システムです。銀行口座間の即時送金を可能にし、スマートフォンさえあれば簡単に利用できるのが特徴です。

 送金は最短数秒で完了し、銀行口座番号の代わりに携帯電話番号やQRコードで送金が可能です。店舗での支払い(QRコード決済)に限らず、中国の「WeChat Pay」のように個人間送金も可能であり、公共料金の支払い、定期的な支払いの自動引き落としなど、さまざまなシーンで活用されています。また、UPIは高度なセキュリティと認証機能を備えており、安全性も確保されています。

 UPI導入をはじめとするインドのキャッシュレス化の動きを追っていくと、日本でキャッシュレス化が進まない要因が浮かび上がってきます。さっそく詳しく見ていきましょう。

インドのキャッシュレス化の動きを追っていくと、日本でキャッシュレス化が進まない要因が浮かび上がってくる(インド・ニューデリーで2024年10月、筆者撮影)

著者プロフィール:郡司昇(ぐんじ・のぼる)

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20代で株式会社を作りドラッグストア経営。大手ココカラファインでドラッグストア・保険調剤薬局の販社統合プロジェクト後、EC事業会社社長として事業の黒字化を達成。同時に、全社顧客戦略であるマーケティング戦略を策定・実行。

現職は小売業のDXにおいての小売業・IT企業双方のアドバイザーとして、顧客体験向上による収益向上を支援。「日本オムニチャネル協会」顧客体験(CX)部会リーダーなどを兼務する。

公式Webサイト:小売業へのIT活用アドバイザー 店舗のICT活用研究所 郡司昇

公式X:@otc_tyouzai、著書:『小売業の本質: 小売業5.0

UPIのシステムが優れている理由

 UPIのシステムの優れた利点は、参入障壁を下げ、多くの企業が統一された基盤でサービスを提供できる点にあります。

 日本のQRコード決済で大きなシェアを持つPayPayの技術基盤は、主にインドの電子決済サービス大手Paytm(ペイティーエム)との深い協力関係から生まれ、独自の発展を遂げています。開始当初、Paytmからの継承は決済・認証システム、キャッシュバックシステムなどを含むエコシステムでした。

 その流れからかPayPayのシステム部門の外国人比率は約8割です。2022年にはインド拠点を設立し、そこでも60人以上が働いているといいます。

(参考記事:PayPay、ドブ板営業だけじゃない 技術力でGAFAも開拓、2024年7月3日、日本経済新聞)

 かつて、Paytmはインドにおけるデジタル決済の先駆者として急成長を遂げていました。しかし、2016年にインド政府がUPIを導入したことで、状況が一変しました。

 前述した通り、UPIは銀行口座間でリアルタイムに資金を移動できる統一プラットフォームであり、異なる銀行や決済アプリ間でもシームレスな取引が可能になりました。このシステムにより、デジタル決済への参入障壁が大幅に下がり、多くの新規プレーヤーが市場に参入しました。

 結果として、米Googleの「Google Pay」やインドFlipkart(フリップカート)の「PhonePe」などの強力な競合他社が台頭し、Paytmの市場シェアは徐々に侵食されました。これらの競合他社は既存のユーザーベースや技術力を生かし、短期間で大量のユーザーを獲得しました。

 UPIは取引手数料が低いため、インドにおいては決済サービス単体での収益化がどの企業も難しくなりました。決済の他にマネタイズポイントがあるGoogleやFlipkartと異なり、Paytmは苦境に立たされました。

自販機の仕組み

 自販機は以下の写真のような機械でした。

 品目数の少ない自販機では、QRコードを設置することで決済が可能になります。この場合、QRコードが読み取れる状態で表示されていれば十分です。一方、多彩な商品を扱う自販機でも、小型の液晶ディスプレイを設置するだけで対応できるため、現金の釣り銭機やクレジットカード読み取り機といったハードウェアを導入する必要がなくなります。また、現金決済をしないため、売り上げ回収や釣り銭補充の人件費も不要となり、コスト最適化された仕組みだといえます。

インド・ニューデリー空港の自動販売機(2024年10月、筆者撮影)

 UPIを主要な決済手段として利用しているインドで暮らす人にとっては、自動販売機の操作もとてもシンプルです。

基本的な操作手順

(1)商品選択:自動販売機の画面から購入したい商品を選びます。

(2)QRコードのスキャン:画面に表示されたQRコードをスマートフォンで読み取ります。この中には商品情報や価格などのデータが含まれています。

(3)決済アプリでの処理:決済アプリを起動し、取引内容を確認します。現地の携帯電話番号を入力し、支払い方法(UPIやクレジットカードなど)を選択します。なお、Google Payが選択肢にありますが日本とは仕様が異なり日本のGoogle Payは使えませんでした。

(4)支払いの承認:金額を確認して支払いを承認。必要に応じてPINコードを入力します。

(5)商品の受け取り:支払い完了の通知を受け取り、自動販売機から商品が出てきます。

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