生成AIなどの処理を高速かつ省電力で実行できるNPU(ニューラル・プロセシング・ユニット)を搭載したAI PCが、広がりを見せている。PCや周辺機器などを扱う米HPは、個人向けには「OmniBook」、法人向けには「EliteBook」ブランドによって、高性能なNPUを搭載する「次世代AI PC」を販売。積極的にAI PCのラインアップを拡大している。
各社の経営トップに2025年の展望と、AI活用を通じて自社をどう伸ばすかを聞く「2025年 新春トップインタビュー 〜AI革新企業に問う〜」の3回目は、日本HPの岡戸伸樹社長にインタビューした。
富士通、NEC、旭化成、LINEヤフー、電通、日本HPの社長に独占インタビュー。今年の展望、そしてAIを活用して自社をどう伸ばしていこうとしているか具体策を聞く。
1回目:日本の研究開発が危ない 旭化成社長が「AIは武器になる」と確信したワケ
2回目:電通社長に聞く「改革の現在地」 AI活用は広告業をどう変える?
3回目:本記事
4回目:富士通
5回目:NEC
5回目:LINEヤフー
米調査会社Canalysによると、2024年第3四半期のPC世界シェアトップは24.8%のレノボ。2位が20.4%のHPだった。ASUSも前年同期比15.8%増となり、PC業界ではし烈な争いが続く。
2025年のPC業界はどのような動きを見せるのか。【日本HP社長に聞く「2024年はどんな1年だった?」 AI PCの行く先】に引き続き「2024年はAI PC元年だった」と話す岡戸社長に聞いた。
HPはAI PCの中でも「40TOPS」(1秒当たり40兆回)以上の推論処理を実行できるNPUを搭載したPCを「次世代AI PC」と呼ぶ。生成AI処理をクラウドだけでなく、ローカルで高速かつ省電力で実行できるなど、よりパワフルでセキュリティを強化したもの」と定義している。岡戸社長は「2024年はAI PC元年」と位置付け、販売強化とブランド構築に尽力してきた。
「グローバルでは、2024年第4四半期のPC販売のうちAI PCの割合は約15%。これを2025年には25%に伸ばすことを目標としています」
HPは、世界12カ国のAI利用率の変化を調査した。それによると日本は、2023年は25%で2024年には36%まで増加した。米国は28%が62%まで急増。インドは60%から89%まで増えている。12カ国の平均は66%で、日本だけが圧倒的に低い数値となった。
「新しい技術に関して日本人は比較的、保守的だからだと推測しています。ただしAIへの期待や、実際にAIを使った後の仕事のやり方や生産性が変わったという実感は、他国と同様に高いです。ですから利用率が追い付くのは、時間の問題だと捉えています」
2019年に、HPは薄型軽量のPC「ドラゴンフライ」を日本市場向けに開発し、現在グローバルで第4世代を販売中だ。しかしAI PCの登場に伴い、今後は「Elite」に統合していく。岡戸社長は「AI PCを販売するにあたり、製品選びを分かりやすくするのが狙い」だと説明する。
「法人向けはEliteとPro、個人向けPCはOmniにブランドを統一していきます。例えばOmniについて、HPの最初のノートPCにOmnibookというブランドがありました。Omniには本来『全て』という意味があり、AIという新技術が出てきたタイミングで、個人のあらゆるニーズに応える多様な製品群を表すものとして原点回帰をしようということになりました」
日本のビジネスパーソンは通勤電車などに乗るために、軽量で薄型を好む。その意見を反映した製品は、今後も別な形で販売するそうだ。法人向けの「EliteBook 635 Aero G11」が、それに当たる。「日本HPが米国の本社側にリクエストして開発したPCが、日本で先行発売されました」
2025年の販売拡大のカギと考えているのが、日本独自に展開している「HP eSIM Connect」が搭載されたモデルだ。
働き方が多様化する中で、利用者から「PCはスマホと違い、ネットに常につながっていない不便さがある」という声を聞いたことがヒントになった。「例えば、タクシーに乗り、PCを開いて少しだけ仕事をしようと思うにもかかわらず、テザリングでつなぐという手間がかかるために『もういいや』といってやめてしまいます。しかしeSIM Connectは常時接続なので、PCを開けばすぐに使えます」
これを実現するために日本HPはKDDIと提携した。5年間、データ通信を無制限で利用できるようにしたのだ。eSIM Connect内蔵モデルにはPC本体プラス通信費のプランを組み込んでいる。データ通信用に別枠で契約をする必要がないことから、大幅な経費節減を可能にした。日本HPの公式サイトに参考事例が出ていて、PCプラス通常のデータ通信契約を5年使った場合の総額は約60万円。一方eSIM Connect付きのモデルは19万円で済む。
「われわれが仮想移動体通信事業者(MVNO)のような形で回線を販売しています。他社でやっている企業は現時点ではありません。5年間、データ容量を気にする必要がないのです。5年というのはPCのライフサイクルで、買い替えの時期です。つまり、PCの寿命を気にする必要がない点も重要です」
これにより、ホテルやカフェなどが提供している公衆Wi-Fi回線につなげる必要もなくなる。そのためセキュリティリスクが低減される利点もあるのだ(事実、日本HPは社員の公衆Wi-Fiの使用を原則禁止している)。
リモートワークが浸透して、いろいろな場所で働くようになったため、盗難や紛失のリスクも拡大した。仮に紛失した場合、現在の所在地をリアルタイムで探し、ロックをかけ、電源・通信オフでも確実にデータ消去できるサービスが「HP Protect and Trace with Wolf Connect」だ。
「これも当社しかやっていないソリューションサービスです。通常、電源が立ち上がらないとロックをかけられませんが、Wolf Connectは電源がオフでも、PCから発せられる微弱な電波を利用してロックをかけられるのです」
「HP AI Companion」という独自のアプリケーションも開発した。これはNPUが40TOPS以上の次世代AI PCに搭載されているもので、生産性を高める生成AIツールと、PC最適化ツールを集約させる。「検出」「分析」「Perform」の3つからなる。
AIは、新型コロナが明けたタイミングで世の中に出てきた。コロナ前後、AI登場前後の市場環境の変化を聞くと「やはり働く環境の変化が一番大きいです。さまざまなところで働けるようになり、PCの価値が再評価されたのです」と説明する。
モニター、マウス、カメラなどの周辺機器も見直され、性能の高い商品がより売れるようになったという。ビジネスパーソンが移動しながら働くようになったため、周辺機器の快適性や重要性を再認識したのだ。「みなさん、生産性が上がる使い方をしています」
一方でGAFAやLINEヤフーなどでは出社回帰という現象も発生している。「出社する割合は高くなっています。ただ自宅と、それ以外の場所の割合が変化したのであって、さまざまなところで働くというニーズ自体は大きく変わっていません」。ちなみに岡戸社長の働く場所の割合は全体を10として会社が4、自宅が3、外出先が3程度だという。
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