この記事は、『はじめまして売れる『伝え方』のぜんぶです 新発見!お客様の反応が変わる58秒』(日野眞明著、三恵社)に掲載された内容に、編集を加えて転載したものです(無断転載禁止)。
「商品」 を自己紹介してみましょう。今回は、最高級オーガニック食パンの売り上げを向上させたい──という場合を考えてみます。
まずは「商品」に応用してみましょう。目標は「商品を売る」ことです。
課題はこちら。
1年前にパン屋を開業した日野五十鈴さんのお店では、厳選した国産有機小麦、天然酵母はもちろんのこと、安全安心な食を目指して、具材にも地元で収穫した野菜や果物を使用しています。ジャムや餡も全て手作り。こだわりの味は家族や友人からのお墨付き。まだ少ないですが常連のお客さまも付くようになりました。
そこで満を持して「超ナチュラルオーガニック食パン」を一斤3000円で売り出しました。折からの高級食パンブームに乗ろうという目論見(もくろみ)です。でも売れゆきが芳しくありません。売り上げを向上させるにはどうすればいいか、五十鈴さんは大いに悩んでいます。
さてこの課題から、どんなアウトプットをひねり出すことができるでしょうか。
答えは一つではありません。人によって、さまざまな答えを考え出すはずです。むしろそうでなければいけません。
なぜなら、検討と分析には、みなさん一人ひとりの感性や勘が大きく影響するからです。でも、一から始めるのはむずかしいものです。そこでこの日野五十鈴さんのように架空の例を取り上げ、自己紹介マーケティングの手さばきをみていただきます。この手さばきを読んだら、次は自分の扱う商品、特に売り出したいものや期待に反して売り上げが伸び悩んでいるものにあてはめて考えてみてください。
一つだけみなさんにお願いしたいのは、うんうんうなって考えるのではなく、考えることを楽しんでほしいということです。商売は楽しいのですから。
まずは情報集め(インプット)です。「相手のニーズ」「自分のリソース」をmoreメソッドで言葉化してみましょう。
「頭に浮かんだことを全て書き出す」「書き出した言葉を整理する」「整理した言葉で、成功への道順を考える」の3ステップで自分を知ってもらう方法。
つまり「お客さまのニーズ」「超ナチュラルオーガニック食パンのリソース」を言葉にするのです。
さて、商品のリソースに関する情報は集めやすそうです。だけどお客さまのニーズは想像だけではむずかしいかもしれません。
大きな会社なら、キャンペーンを張って街頭アンケートをとったり、ネットを使って調査したりするでしょう。しかし中小企業や個人商店ではそう簡単にはいきません。しかし規模が小さい分、お客さまとの距離は近いはず。それを利用すれば、本音を聞く機会はかならず訪れます。
この時、ちょっとしたコツがあります。5つのニーズを頭に入れて、お客さまの言動を拾い上げるのです。
(1)言葉にできるニーズ:明快に分かる願望
(2)真のニーズ:(1)を掘り下げた本当の意図
(3)言葉にできないニーズ:意識していないけど満たされれば満足する願望
(4)うれしいニーズ:喜びに直結する願望
(5)隠れたニーズ:(2)のさらに奥にある願望
日野五十鈴さんは、まず店頭でお客さまに質問してみました。それから、近隣にあるオーガニック食材の店を訪れ、店主や常連に相談しました。さらにコンビニエンスストアものぞいてみました。大手コンビニエンスストアでは、綿密な市場調査と売上管理で商品ラインアップを決定していると聞いたからです。何かヒントが得られるかもしれません。また、たまたま開催された同窓会でも情報収集できました。
雑誌やネットの関連サイトもチェックしました。 「パン業界の動向」などといった言葉で検索してみると、さまざまな業界の市場動向調査の結果などが容易に手に入ります。くわしい内容は有料ですが、見出しを拾い集めるだけでも大いに参考になります。
ある程度、情報収集ができたら、次は「moreメソッド」を使って、情報を整理していきます。
日野五十鈴さんの場合は「超ナチュラルオーガニック食パン」を「黄色のふせん」、世の中の動きやパン業界のことを「ピンク色のふせん」に書き出してみました。ここから所定のプロセスを経て、五十鈴さんは、次のような分析結果を得ました。
1.まじめなパンづくり
2.子どもたちの輝く未来
3.安心安全な食生活
4.健康によい影響
5.オーガニックへのまじめな取り組み
6.国産有機小麦
7.体によいパンを求めて研究を重ねる
8.小麦などの生産農家、原材料を扱う問屋に通い詰める
9.おいしさを提供
10.当店の主力商品
1.売り上げアップ
2.価格の見直し
3.健康アピール
4.知名度アップ
5.特売などの設定
6.パンの種類不足
7.常連客を増やす
8.高級感
9.おいしさのアピール
10.まじめさのアピール
1.おいしいパンへの需要の高まり
2.まじめなパンづくりへの評価の高さ
3.自然食ブーム
4.健康志向
5.おしゃれなパン食
6.地元愛の高まり
7.遠方から買いに来るお客さまの存在
8.巣ごもり需要の拡大
9.調理パン、菓子パンから食事系パンへの志向の変化
10.同級生たちがなつかしいと喜ぶ
1.ドラッグストア進出による競合店の増加
2.本当は健康よりおいしさ
3.健康問題への関心の高さと売り上げの不一致
4.原材料価格の高騰
5.食パン専門店の近隣進出
6.慢性的な人手不足
7.人件費の高騰
8.地元の人口減少
9.住民の高齢化によるパン食離れ
10.高級食パンブームの縮小
さらにこれらのニーズとリソースの情報から、さらに5つのニーズを予測してみました。
「おいしいパンが食べたい」──調査した誰もが、真っ先に口にした言葉です。五十鈴さんも同意見でした。高校時代に校門前のパン屋で買い食いしたのは、友達と行く楽しさもあったけれど、やはりそのパン屋のパンがおいしかったからだというのを彼女は思い出しました。その証拠に、近くにパン屋がもう1軒ありましたが、大手メーカーの製品ばかりで人気がなかったのです。自分が手作りパンにこだわったのは、あの校門前のパン屋の影響だったと彼女は思いました。
真のニーズを聞き出すのに五十鈴さんがしたことは「どんなパンが食べたい?」という質問を何度も繰り返すことでした。あるいは「他の理由はある?」と押してみることです。
その結果分かったのは、みんなが言う「おいしいパン」には条件があるということでした。まずは「健康によい」ということです。五十鈴さんはここでも、自分が店を開いた動機と同じ意見を聞くことができて満足でした。
その次に多かったのが「安全安心」でした。これも五十鈴さんにはうなずけました。「おいしくて、健康によくて、安心安全」が「真のニーズ」であり、自店のパンは、ニーズを全て満たしていると、彼女は思いました。
しかし予測が正しいなら、パンは売れているはずです。五十鈴さんは「おかしい」と思いました。
自分の予測した「真のニーズ」と事実との間に矛盾を見つけた五十鈴さんは、もう一度調査をしました。今度はオーガニックに関心がなさそうな人たちを選んで話を聞きました。すると食べてみたいけれど値段が高い、量が少なく腹持ちがしない、味のバリエーションが少ないといった意見を得ることができました。
五十鈴さんは、健康や安心安全に対するニーズは高いが、適切な価格と満足できる量の商品への真のニーズがあるのかもしれないと感じました。
価格や量は五十鈴さんの店と同程度であるにもかかわらず、おしゃれなオーガニックスイーツの店には大勢の客が押し寄せていることを知りました。客の一人は「おいしいとか、おしゃれとかは重要だけど、話題のお店を体験してみたいというのが一番なんです」と笑って答えてくれました。回答者には「他のオーガニック系の店は説教臭いし、雰囲気が暗くていやだ」と辛らつな意見を述べる人もいました。
「毎日食べるには値段が高すぎるから敬遠している。以前住んでいた町のオーガニックのパン屋は、食パンのサービスデイを設けていて家族が楽しみにしていた」という答えがありました。どんな催しだろうか。五十鈴さんは調べました。
ネットと実地で調べてみると、その店は月に一度、日曜日に食パンのみを原価ぎりぎりで販売するサービスデイを設けており「近隣の人たちは楽しみにしていて朝から行列ができるので有名」ということでした。
自分のお店はこうした喜びや楽しみを、お客さまに与えたことがないと五十鈴さんは思いました。どうやら、うれしいニーズは、ここにありそうです。
「おいしいパン」「健康によい」「安心安全」、さらに「話題の店を体験したい」という価値観、逆に「説教臭いのはいやだ」という価値観は、よく考えてみると「味以外でも食を楽しみたい」という隠れたニーズにつながるのではないかと、五十鈴さんは考えました。
そういえば……と五十鈴さんは考えました。同窓会で「超ナチュラルオーガニック食パン」を試食してもらったところ、「ゆったりした日曜の朝に食べたい味だわ」と感想を言う人がいました。不思議なことを言う人だと、五十鈴さんは戸惑いましたが、その人は味を通じて別の豊かな体験をしているのだと考えると、納得できそうだし、なんとなくいいなと思いました。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
Special
PR注目記事ランキング