かつては、甘んじて受け入れるのが当然だった転勤命令。しかし、そんな空気が変わりつつあります。エン・ジャパンが2024年4月に行った調査では、「転勤は退職のキッカケになる」と回答した人が69%に及びました。
ネット上では転勤を拒否する風潮をめぐって、「拒むのは当然の権利」「転勤前提で給料をもらってるはず」などと賛否両論が聞かれるものの、全体の傾向としては、あらがいようのなかったはずの転勤命令が、時代の移り変わりとともに拒否しやすくなってきているように感じます。
会社にとっては辞令の一つに過ぎないかもしれませんが、社員にとって転勤は人生設計を揺るがすほどの一大事です。拒めるものなら拒みたいと思う社員は、決して少なくないはずです。
一方で、転勤を拒むことのリスクについても冷静に考える必要があります。企業はなぜ、社員に転勤を命じるのでしょうか。社員にとって転勤は、どんな意味を持つのでしょうか。
ワークスタイル研究家/しゅふJOB総研 研究顧問/4児の父・兼業主夫
愛知大学文学部卒業。雇用労働分野に20年以上携わり、人材サービス企業、業界専門誌『月刊人材ビジネス』他で事業責任者・経営企画・人事・広報部門等の役員・管理職を歴任。
所長として立ち上げた調査機関『しゅふJOB総研』では、仕事と家庭の両立を希望する主婦・主夫層を中心にのべ5万人以上の声をレポート。
NHK「あさイチ」「クローズアップ現代」他メディア出演多数。
転勤とは、基本的に転居を伴う遠隔地への異動を意味します。
生活環境が大きく変わるという試練を社員に与えてでも会社が転勤命令を出すのは、会社にとってメリットがあるからに他なりません。大きく分けて5つ挙げたいと思います。
まず、最適な人員配置がしやすいことです。どんな会社でも、突然の欠員補充や増員などで採用しなければならない場面が生じます。組織の規模が大きいほど、そんな事態が起きる可能性は全国各地あるいは海外にまで広がっています。
人員が必要になった時、現地ですぐ良い人材が採用できるとは限りません。また、採用には時間も費用もかかります。そんな時、転勤命令を出すことができれば、場所が遠隔地であってもすぐに確実に対処できます。これは会社にとって、大きなメリットです。
次に、社員に成長機会を提供して能力開発することができます。見知らぬ土地で新たなステークホルダーとゼロから関係性を築き上げ、地域ごとの特性に適応しながら視野を広げ、会社の全体像を知るという経験を通して、社員が新たな能力を身につけることが期待できます。
3点目は、地域を横断して人員が異動することで、地域ごとに生まれがちな独自のオペレーションや仕事に取り組む際の価値観などを均一化しやすくなります。「あの地域は別のやり方で運用している」といった地域間格差が出てしまうと、違いを修正するという余分な作業などが生産性低下の要因になり得ます。
4点目は、組織に新たな刺激がもたらされることです。転勤をする側も受け入れる側も、新たな人間関係や文化の違いを取り込めば、組織の硬直化を回避することが期待できます。
5点目は、癒着の断絶です。同じ人が同じ場所で同じステークホルダーとの関係性を長期間継続すると、馴れ合いが生じることがあります。悪い方向へと発展すると、個人的な便宜を図るといった不正の温床になりかねません。物理的に距離を引き離す転勤は、そんな関係性を断ち切る手段となり得ます。
転勤は社員にとってもメリットと言える側面があります。こちらも5つ挙げてみます。
1つは、昇進・昇格への道が開かれる期待があることです。転勤命令に従えば、会社に対する帰属意識や従順さを示すことになります。愛社精神が強い社員は会社にとっても信頼が持てるだけに、昇進・昇格を検討する際に有利に働くことはあっても、不利に働くことはなさそうです。
次に、転勤は、新たなステークホルダーとの関係を一から築き上げることになり、成長の機会になり得ます。そして、転勤先の土地にどっぷり漬かって仕事することで、生きた情報を肌で感じながら地域事情を把握できることが3点目のメリットです。
4点目は、地域の社内外に人との交流が生まれると、また別の土地に転勤した後でも、築いた関係性はその人自身にひもづく財産となって残り続けます。
5点目は、仕事環境のリフレッシュにもなることです。転勤は、仕事をしていると、マンネリ化したり、何度もミスを重ねてしまったり。時には心機一転リフレッシュした方が、歯車のかみ合わせがうまくいくこともあります。そんな時、転勤は最適な機会となり得ます。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
Special
PR注目記事ランキング