では、この業界の「ネットアレルギー」の要因になっているものは何なのか。それは、「現場の高齢化と業界の閉鎖性」だ。
現在、大型トラックドライバーの平均年齢は約51歳。70代で全国を走っている長距離ドライバーも今では珍しくない。一方、運送企業の社長の平均年齢は60.4歳で、9割9分男性だ。
ブルーカラーの世界では、熟練職人ほど「古い商慣習」や「自分のやり方」に、いい意味でも悪い意味でも固執する傾向がある。とりわけ運送業界は、ブルーカラーのなかでも独特の「閉鎖性」がある。一度クルマを走らせれば人間関係に縛られず、時間と交通ルールさえ守れば他業種よりも自由度が高い。そのためか「自分ルール」が確立されやすく、新しい者/物を受け入れるのに抵抗を感じる人が少なくない、というのが長年現場を見てきた率直な感覚だ。
もう一つ、デジタルアレルギーを引き起こしている直接的な要因になっているのが、「急激なDX」だ。問題が山積みになっている現在の運送業界は、スタートアップやベンチャー企業にとってはブルーオーシャンだ。とりわけ「2024年問題」が取り沙汰されて以降、多くのスタートアップが運送業界に参入。独自のアプリやシステムの開発をしてきた。
これにより確かに現場はそれ以前よりもデジタル化が前進した。だが、あまりに突然の変化に、それを使用する高齢のドライバーたちは、そのスピードと量についていけていないのだ。実際、高齢のドライバーからは、「それぞれの荷主で使用しているアプリやシステムがバラバラ。仕様や使い方も違うのでむしろ非効率になった」「事務作業が苦手だからハンドルを握っているのに、毎日タブレットと格闘している」といった声がよく届く。
こうした結果、「得体の知れないものを導入してまで今までのやり方を変えたくない」とAIやデジタル、機械に対してのアレルギーが増し、現場に今まで以上にストレスをためてしまうケースもあるのだ。
しかし、彼らと話をしていると、現場のデジタルアレルギーは、アプリやシステムといった「現場のDX」というレイヤーよりもずっと浅い段階で起きていることに気付かされる。それが如実に表れているのが「若手人材獲得」に対する姿勢だ。
人材獲得のなかでも業界の長期的安定のために特に欲しいのはやはり「若手」だ。現在、運送事業者における20代以下の割合は、わずか10.5%と非常に少ない。しかし、「若手人材が欲しい」と嘆くものの、運送企業の多くでは「あるもの」が全く作られていない。
それが「自社の公式SNSアカウント」だ。講演中のアンケートでは、自社の公式SNSアカウントの有無に対して、ほとんどの会場で7割以上もの経営者が「ない」と回答。なかには、「あるのかないのかさえ分からない」という人、さらには「アカウントとは何か」と問うてくる人もいる。
今の時代、ブルーカラーの業界において、会社のWebサイトを参考にして応募してくる若者はほとんどいない。会社のSNSアカウントから発信される社内の雰囲気や先輩の働きぶりなどを見ているのだ。その入口を作らなければ、若手が入って来るわけがない。
SNSを有効活用し、求人募集から受付までを「採用専用アカウント」で実施している他業種のブルーカラー企業が無数に存在している現状に鑑みると、若手人材は「競合他社」以前に「他業種」に奪われているといっていい。
そんな浅いレイヤーのデジタル化にも適応できていない企業が多い一方、なんとも皮肉なことに、そんな企業に所属している現場のトラックドライバーからは、SNSでさまざまな発信をしている様子がうかがえる。
先述通り、長距離トラックドライバーたちは、長いこと家を空け、車中泊をしながら全国各地を回る。つまり1日の時間の多くを1人車内で過ごすことになるわけで、時間や寂しさを埋めるべく、彼らのSNS利用率が非常に高くなるのだ。イカついように見えて人懐こい人が多いトラックドライバー。SNSでは道路でつながる顔も知らない仲間同士、情報や相談事を共有し、常に互いを励まし合っている。
しかし、ここで問題になるのが、「“アカウント”が何かも分からない経営者」と「SNSヘビーユーザーのドライバー」に生じる温度差だ。これが業界に深刻な影響を及ぼしている。ドライバーは常に道路上の理不尽なストレスと闘っているうえ、正義感の強い人が多い。目の前のクルマがマナー違反や交通違反をしようものなら、すかさずダッシュボードのスマホを手に取り、法定速度も無視して追いかけながら動画を回し始めてしまう。
そんな動画を無修正でSNSに流し、仲間と共有して「こんなヤツがいたんだ。許せないだろ」としてしまうドライバーが後を絶たないのだが、デジタルに弱い企業には、そんなSNS好きの労働者を指導・教育できるリテラシーがない。こうしてドライバーの「自由過ぎる投稿」が野放しにされ、結果的に業界全体の社会的評価を落としているという現状があるのだ。
最後にもう1つ、運送業界のDX化が遅れている最大にして根本の理由を指摘しておきたい。それは「資金不足」だ。大手の物流企業やメーカーにおいては、かなり早い段階からトラックドライバーや物流センターの作業員など、労働力不足を見据えたDXが進んでいる。
トラックが自社の敷地内に荷物を積みに入ってくると、そのトラックが運ぶ予定の荷物を倉庫の奥からロボットが運んできて、トラックが到着するタイミングでスムーズに荷物の積み入れができる仕組みもすでにある。こうした倉庫の中にはもはや人がほとんどおらず、ロボットがメインで動いているのだ。しかし、こうした施設や大がかりなDXができるのは当然、資金に余裕があり、トライ&エラーに比較的寛容な大手企業に限られる。
一方、運送業界においては従業員が10人以下の割合が54.8%、100人以下97.8%の企業が100人以下。ひとつのミスで会社が吹っ飛ぶような弱小の企業が占めている。中小企業こそ安定的な人手の確保が難しく、DXや機械による効率化が急がれるのだが、会社のDX化やデジタル化にはいわずもがな資金が必要になる。
しかし運送業界は1990年に「物流二法」が規制緩和され、4万社だった規模数が6万3000社に急増。競合他社との過当競争が激しい業界において燃料費高騰、人件費アップのなか、価格転嫁が非常に難しい。帝国データバンクの資料によると、全業種平均の価格転嫁率が40.6%だったのに対して、物流業も32.6%。こんな状態では、DXに回せる資金が生み出されるわけがないのだ。
実は昨今、運送業界では2024年問題の裏側で安全運転を脅かす問題が表面化している。それが一部の運送事業者による「未点呼」だ。
トラックドライバーたちは必ず乗務前、乗務後、そして中間に点呼を実施しなければならない。原則、この点呼は対面で行われなければならないが、運送業界の人手不足はドライバーだけでなく、この点呼をする運行管理者も同じように人が足りておらず、「点呼をしていない」とする違法状態の企業がかなりある。
また、対面点呼を実施していても点呼後に飲酒し死亡事故を起こしたり、さらには点呼時、呼気を計測する機械に指すストローを長く伸ばし、身代わりで息を吹いたりするなどのケースも後を絶たない。
対面での点呼は非常に大きな意味があるとは感じるが、こうした不正をするドライバーや企業も一部存在することに鑑みると、取りこぼしのない健康管理・安全管理のためにもAIやデジタル技術で補う仕組みは急務だといえる。
率直に言うと、9割以上が中小零細である運送企業において、長期スパンでのDXは難しい。いや、これまで述べてきた通り、急激な変化はむしろ現場の負担にすらなりかねない。
しかし、その「失敗するかもしれないから」「自分1人がやったところで」という驕りこそ、業界の労働環境がここまで悪化した大きな原因になっているのではないだろうか。 6万2000社ある運送企業、88万人いるトラックドライバーたちは、当然置かれている環境が違うため、能力や目標の設定値は異なる。しかし、いくら資金がなくともSNSのアカウントくらいは作れるはずだし、ネットリテラシーを上げる努力だってできるはずだ。
長期的な変化のための行動、業界全体のための行動は、運送業界の苦手とするところではある。だが、中小も含めた経営者1人1人の気付きと少しずつの行動こそが、「FAX100%」というネットワーク効果からの脱却には必要不可欠だ。
橋本愛喜(はしもと あいき)
大阪府出身。大学卒業後、金型関連工場の2代目として職人育成や品質管理などに従事。その傍ら、非常勤の日本語教師として60カ国4000人の留学生や駐在員と交流を持つ。米国・ニューヨークに拠点を移し、某テレビ局内で報道の現場に身を置きながら、マイノリティーにフィーチャーしたドキュメンタリー記事の執筆を開始。現在は日米韓を行き来し、国際文化差異から中小零細企業の労働問題、IT関連記事まで幅広く執筆中。著書に『トラックドライバーにも言わせて』(新潮新書)、『やさぐれトラックドライバーの一本道迷路 現場知らずのルールに振り回され今日も荷物を運びます』(KADOKAWA)。
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