CX Experts

「界隈消費」で生まれる新たな顧客像 押さえておきたい「クラスターマーケティング」の手法を解説がっかりしないDX 小売業の新時代(1/2 ページ)

» 2025年05月16日 07時00分 公開
[郡司昇ITmedia]

連載:がっかりしないDX 小売業の新時代

デジタル技術を用いて業務改善を目指すDXの必要性が叫ばれて久しい。しかし、ちまたには、形ばかりの残念なDX「がっかりDX」であふれている。とりわけ、人手不足が深刻な小売業でDXを成功させるには、どうすればいいのか。長年、小売業のDX支援を手掛けてきた郡司昇氏が解説する。

 前回の記事では「界隈消費」という現象について解説しました(記事:高機能なのになぜ売れない? 「界隈消費」はマーケティング戦略をどう変えてしまうのか)。

 「共通の関心や価値観を持つ人々のコミュニティ」(=界隈)において、商品は所属意識を高めるアイテムとして機能するため、機能的価値が高いだけでは売れず、社会的・情緒的価値が重視される傾向がある――などといったポイントを挙げ、従来のマーケティング戦略が大転換を迫られている現状を紹介しました。

 では、従来のマーケティング手法をどのように見直せばいいのでしょうか。

 今回は、界隈消費に対応するための「クラスターマーケティング」の概念と実践方法、事例について解説します。「界隈」をビジネスの視点から捉え、効果的なアプローチ方法を探っていきましょう。

界隈消費の対応に向けマーケティング手法をどう見直せばいいのか。写真はイメージ(ゲッティイメージズ)

著者プロフィール:郡司昇(ぐんじ・のぼる)

photo

20代で株式会社を作りドラッグストア経営。大手ココカラファインでドラッグストア・保険調剤薬局の販社統合プロジェクト後、EC事業会社社長として事業の黒字化を達成。同時に、全社顧客戦略であるマーケティング戦略を策定・実行。

現職は小売業のDXにおいての小売業・IT企業双方のアドバイザーとして、顧客体験向上による収益向上を支援。「日本オムニチャネル協会」顧客体験(CX)部会リーダーなどを兼務する。

公式Webサイト:小売業へのIT活用アドバイザー 店舗のICT活用研究所 郡司昇

公式X:@otc_tyouzai、著書:『小売業の本質: 小売業5.0

「クラスター」単位でのターゲティングが効果的

 市場の成熟化や生活者の価値観の多様化が進む現代において、変化に対応するためには市場の捉え方も変える必要があります。従来の「東京在住20代女性」といった人口統計学的なセグメントではなく、好きや興味関心を軸に形成される集団=クラスター単位でのターゲティングが効果的になっています。

 「クラスター」という言葉は、本来、統計学やデータ分析の分野で用いられる概念です。クラスター分析(クラスタリング)とは、多様なデータの中から類似性の高いものを集めて群(クラスター)を形成する統計手法です。

 従来のセグメンテーションのように事前に区分を決めるのではなく、データの特性そのものから自然発生的に群が形成される点が大きく異なります。

 マーケティングにおいては、この統計手法を基盤としつつも、単なる統計的な類似性を越えて、共通の価値観や行動パターンを持つ生活者集団としてクラスターを捉える視点が重要です。マーケティングにおけるクラスターは、趣味や嗜好(しこう)だけでなく、価値観や行動様式、情報収集経路といった多次元的な要素で結びついた生活者集団を指します。

 例えば「韓国コスメ好き」「サステナブル志向」などがクラスターに該当します。これらのクラスターが形成・強化されている背景に、個々人がオンライン上で新たなつながりや帰属意識を求めるようになったことがあります。SNSの普及により、個人の興味関心に最適化された情報を容易に入手・発信できる一方で、近所付き合いや職場の人間関係などの伝統的なコミュニティの影響力は相対的に低下している傾向があります。

 そして、各クラスター内部では、独自の価値観、専門知識、さらには特有の言語表現や流行が活発に共有されています。

 クラスターの本質は同質性と異質性にあります。クラスター内の生活者は特定の価値観や嗜好において強い同質性を持つ一方、異なるクラスターとの間には明確な差異(異質性)が存在します。この特性により、クラスターごとに最適化されたマーケティングアプローチが求められるようになったのです。

 重要なのは、生活者は複数のクラスターに同時に所属していることが多いという点です。例えば、ある人は「韓国コスメ好き」であると同時に「サステナブル志向」でもあり、それぞれのコミュニティで異なる商品を評価し、推奨しています。この多面性により、1人の生活者が複数のクラスター間で情報の橋渡し役として機能します。

 例えば、「韓国コスメ好き」クラスターで評価の高い商品が、同じ人を介して「サステナブル志向」クラスターにも紹介されることで、クラスターを越えた情報拡散と新たな価値創造が生まれる可能性があります。これは、従来の単一セグメントでは捉えきれなかった情報伝播のダイナミズムと言えるでしょう。

クラスターマーケティングの3つのポイント

 クラスターマーケティングでは、以下の3つの要素が重要になります。

 まず、クラスターと商品の相性マッチングです。商品の持つ特徴や魅力が、アプローチしたいクラスターの価値観や興味関心と合致しているかを見極める必要があります。

 次に、適切な発話者インフルエンサーの選定をします。クラスター内には、火をつけるトップクリエイター、それを広げるコンテンツリーダー、評価を形成する一般生活者という階層構造が存在します。この構造を理解し、適切な発話者を選定することが必要です。

 最後に、クラスターに響くコミュニケーション設計をします。クラスター内で使われている独自の言葉や文化、共感ポイントを踏まえたコミュニケーションを設計します。

 これらを実践することで、ブランドはクラスター内で適切な評価を獲得し、自分ごと化された購買行動を促進することができます。

 例えば、ロート製薬の「うさぎ舌リップ」という企画では、リップクラスターの中で「うさぎの舌のようなピンクでかわいいリップがほしい」というニーズが存在していることを発見し、それに応える形で商品を展開しました。適切なクリエイターやリーダーを起用し、クラスター内で「うさぎ舌リップ」というハッシュタグを広めることで、商品が爆発的に売れる結果となりました。

       1|2 次のページへ

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.

アイティメディアからのお知らせ