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ソフトバンクの次なる勝負手とは? 日本発の生成AI「Sarashina」の正体

» 2025年08月08日 08時55分 公開
[河嶌太郎ITmedia]

 ソフトバンクは、AI導入が単なる技術的選択肢の域を超え、日本の歴史や文化、ビジネス慣習を踏まえた「AIネイティブ」時代の到来を見据えている。ソフトバンク子会社で、生成AIの大規模言語モデル(LLM)を開発するSB Intuitionsは、国産生成AIモデル「Sarashina」を中心に、日本語データを基盤とした独自のAI開発を推進している。

 同社は全国に分散する安全なクラウド基盤と統合し、国内特有の法規制や文化的背景、データ主権に配慮した「ソブリンクラウド」「ソブリンAI」という2段階の環境整備を進める。これにより、共通のデジタル公共インフラの構築を目指す。

 さらに各企業や業界の基幹システムとAIの安全な連携、中間データベースの設置、業務ごとに特化したAIモデルの提供など、現場への高度な実装を見据えている。

 ソフトバンクはAI社会の基盤をいかにして築こうとしているのか。7月16日に都内で開催した「SoftBank World 2025」で、SB Intuitionsの丹波廣寅社長が講演した。

丹波廣寅(たんば ひろのぶ)SB Intuitions代表取締役社長 兼 CEO。2004年Vodafone(現ソフトバンク)に入社。コンシューマー向けサービス企画、法人企画、移動機検証・品質部門、商品企画・プログラムマネジメント部門を担当。後に商品戦略・戦術立案、商品企画、開発プロセス構築・運営、検証・品質管理、技術検討・仕様作成、法人関連向け企画部門の本部長を歴任。現在はソフトバンクにて次世代デジタル社会構想の実現に向けて研究開発、及び事業化開発の責任者として執行役員本部長として牽(けん)引する傍ら、2023年8月にSB Intuitions株式会社 代表取締役社長就任。その他、一般社団法人日本IT団体連盟 国家データ連携基盤プロジェクト プロジェクト長を兼任

ソフトバンクの「次なる勝負手」とは? 国産生成AI「Sarashina」の正体

 SB Intuitionsは、AI技術の活用が企業活動においてますます重要になる現状を踏まえ、デジタル分野における新たな取り組みを推進している。従来、企業は自社の目的や業態に合わせてアプリケーションやツール、ソリューションを個別に開発し、デジタル化やクラウド移行、DXなどを通じて業務の効率化を進めてきた。こうした取り組みにより企業のデジタル基盤は大きく進化し、一定の成果を上げてきた。

 それに対し現在は「AIネイティブ」な取り組みが新たな発展段階として需要が高まっている。AI関連技術によって、従来のソフトウエアやシステムに予測機能や認識能力、さらには自動生成技術などが加わることで、企業活動はさらに進化しつつある。AIが持つパワーを既存ソリューションにどのように組み込むかが、多くの企業にとって目下の課題となっている。

 企業はAIの活用に大きな期待を寄せている。だが実際のところ、各企業がそれぞれ独自にAI基盤を構築・運用するのは簡単ではない。こうした背景から、共通のデジタルインフラが必要不可欠だという見方が強まっている。

 SB Intuitionsの丹波社長は「AI単体では何もできない。企業の中でデジタル的な取り組みをする際、どうやってAIを適用するかが重要になる」と述べる。企業が新たなアプリケーションを開発する中で、AIによる予測や認識、生成といった機能の統合に積極的に取り組み、これを次世代の標準と捉え、デジタル分野の競争力を高めている。

 こうした認識を基に、SB IntuitionsはAI時代の「デジタル公共インフラ」の整備に注力している。これは、個々の企業の負担を軽減すると同時に、より多くの企業がAIの恩恵を享受しやすくすることを狙ったものだ。「AIを使うのであれば、AIが一番上に機能しないと意味がない」と丹波社長は強調する。AIの力を十分に引き出すためには、アプリの中にAI機能を組み込むのではなく、アプリの上位にAI機能を位置付け、共通基盤とする必要があるのだ。

日本市場に最適化した生成AIモデル「Sarashina」

 AI活用を進めるにあたり、企業は自社のデータを安全に預け、AIを賢くしていく環境が必要だ。そのためには信頼性の高いクラウド環境が必須であり、加えて膨大な計算リソースを備えた基盤も不可欠になる。

 丹波社長は「企業が個別に巨大な基盤を所有するのは現実的ではない」と述べる。日本は南北に長く、毎年災害のリスクがある国土であるため、データセンターを一点集中ではなく、全国に分散配置する必要性を強調した。データセンターが一カ所でも通信途絶状態になれば、AIを活用した全国のデジタルサービスや経済活動が停止しかねないためだ。こうした背景から、企業ごとにインフラを所有するのではなく、共通インフラとしてデジタル公共インフラを構築するという発想が生まれている。

 SB Intuitionsは、自社開発した国産生成AI「Sarashina」を軸として事業を展開している。Sarashinaは日本向けに特化したLLMなのが特徴だ。

 日本向けに特化したAIを開発している理由について、丹波社長は「AIとのインターフェースが現状ではほとんど『言葉』である中、日本人が英語による指示やリクエストを出す状況は現実的ではない」と指摘する。利用時のニュアンス表現や受け取る回答の精度を考えると、日本語で自然かつ的確にやり取りできるAIが重要になる。丹波社長は「曖昧(あいまい)な日本語の回答が返ってくるようでは、ビジネス利用は困難」と強調する。

 AI内部の知識や情報も、国内における歴史的・文化的背景を反映していることが望ましい。海外の法文をそのまま日本語訳して表示するだけのAIでは、国内の事情に合わず実務での活用に支障をきたす場面も多い。さらに各国で規制や倫理観には大きな違いがあるため、日本の社会的背景や法規制に配慮したAIモデルの必要性があるというわけだ。

企業ニーズに応える最適解としてのAI設計

 SB Intuitionsは、大規模AIモデルの開発について、単に巨大なモデルの構築だけを目指しているわけではない。実際には用途に応じて異なる規模のAIモデルを複数手掛けており、モデルごとに果たすべき役割が異なる。例えば、携帯電話のようなデバイスに搭載する場合は大きなモデルは不要であり、応答スピードを優先するには小規模なモデルが必要だ。

 一方で、より正確で充実した知識をAIに持たせるためには、大規模なモデルの採用が不可欠となる。現時点では、100万未満のパラメーター数から4600億パラメーター規模までの7種類のモデルを構築している。今後はさらなる大規模化を進め、1兆パラメーターのモデル開発にも取り組んでいるという。

 AIモデルは規模を拡大すれば良いというものではなく、実際に企業や利用者がプラットフォームやアプリケーションを用いる際に、多様な課題が存在する。ここで特に「主権(ソブリン)」という観点が重要になる。企業がAIをトレーニングする過程では、自社機密情報や重要データが外部に持ち出されるリスクがあるからだ。

 これについて丹波社長は「トレーニングにデータを外に持ち出さなければならないとしたら、それはAIに情報を開示しているに等しい」と語る。そのため、データの保管方法や管理体制の確立が重要になる。どのようなデータが使われているか、そして生成される答えがどのような過程で導き出されるかを適切に管理できなければならない。

 こうした管理体制がなければ、企業ごとの文化的背景に則しているかどうかや、教育分野での活用が適切かどうかを判断することが難しくなる。丹波社長は「なぜその答えが出たのかを利用者に説明できる仕組み、いわばAIの理性も必要だ」と訴える。

技術的主権の確立が不可欠なAIインフラ戦略

 これらに加えて、技術的主権の確立も大きな課題だ。例えば、海外で開発されたAI技術をそのまま日本に持ち込んで利用する場合、自国で技術を保有していなければ、外部の意思一つで全てのAI利用が停止するリスクが存在する。丹波社長は「日本国内で必要な技術を自ら作り、しっかり管理することが不可欠」と強調した。

 ソフトバンクは、AIの活用において「ソブリンクラウド」と「ソブリンAI」という2段階の独自環境を整備している。企業がAIを業務に取り入れる上で重要なのは、AIが基幹システムに直接接続することではなく、両者の間に適切なクッション材となる仕組みを設け、業務の連続性と安定性を確保することだ。

 実際、AIが基幹システムへ過度にアクセスした場合、システム負荷の増大や不適切なデータ要求が発生するリスクがある。そこで、ソフトバンクは「ユニファイドデータベース」や「ユニファイドゲートウェイ」といった中間層を設置し、企業システムとAIの円滑な連携を図っている。

 また、AIは単独で完結するものではなく、実務で活用するためには業界ごと、さらには企業ごとに最適化したモデル開発が不可欠となる。例えば、業務ごとに要求される言語表現の違いや、AIに割り当てるタスクの性質が大きく異なるためだ。そのため、ソフトバンクは汎用的な知識に基づくAIと、業務特化型AIの双方を用意し、これらを適材適所で使い分けできる環境を構築している。この取り組みは「海外製品の排除」を目的とするものではなく、ユーザーにとって最適な選択肢を用意することに重きを置いている。

 丹波社長は「AIを作って終わりではなく、安全安心な環境で使い続けていただくことが大事だ」と話す。ソフトバンクは、クラウドからAIモデル、業務連携基盤まで、上から下まで一貫して提供することで、企業がAIを信頼して活用できる土壌を整えていく方針だ。

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