ソフトバンクは、AIの進化による意思決定プロセスの変革に挑んでいる。従来ITは、ルーティン業務の効率化や決められた手順への対応が主眼だった。だが、生成AIの登場によって、どの業務をAIに任せるか、どの意思決定を担わせるかという新たな議論と組織変化が実現できる時代となった。
企業競争力の鍵は、AIエージェントに業務や判断をどう託すか、そして人とAIが協働するための基盤をいかに整備するかにある。具体的には、社員のリテラシー向上、ガバナンスの強化、柔軟なシステム連携、厳格な認証・認可の仕組み、大量で多様なデータの用意と管理をどう実現していくかが肝だ。
ソフトバンクはこれらの課題にどう取り組み、AIとともに成長を遂げる企業像の実現を目指しているのか。7月16日に都内で開催した「SoftBank World 2025」で、同社の牧園啓市CIO(最高情報責任者)が講演した。
ソフトバンクは企業におけるAI活用の位置付けが急速に変化していることを背景に、自社のIT戦略の方向性を定めつつある。近年までAIやITツールは業務効率化を目的とした「選択する道具」として捉えられていた。しかし、2020年の生成AIの登場以降、企業活動における意思決定プロセスそのものへAIが組み込まれるようになった。これまでの「定型業務」にとどまらない、より高度かつ柔軟な領域でAIが活用される時代に突入した形だ。
2010年頃からSaaSやRPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)、非IT部門の開発者によるローコード・ノーコードなど新しいツールの台頭が続き、ITの民主化が進んだ。しかしその一方で、それらのツールが野放図に導入されたことで、管理の難しさや、実際には既存業務の枠組みから大きく踏み出せない現実も露呈した。牧園CIOも「野良SaaSや野良RPAでは、業務の幅を大きく広げられず、管理負担だけが増していた」と当時を振り返る。
2022年の生成AIの登場は、こうした旧来型のIT活用に劇的な転換をもたらした。ソフトバンクでは、この変化を踏まえ、従来のように単に新たなツールを導入することを検討する段階はすでに過ぎ去ったとの認識を強めている。今後は、AIと業務や意思決定をどう融合させ、企業競争力へと結び付けていくかという点に重点を移しながら、IT戦略の方向性を定め直している。
従来は定型業務の自動化や効率化を主眼としていたIT部門の取り組みも、非定型業務や創造的な業務領域においてAIと協働しながら、競争力強化に直結させる段階へ移行している。
こうした時代の要請を受け、AIの役割は単なる業務支援から、意思決定のプロセス自体に組み込まれるレベルへと進化している。ソフトバンクもこの流れを受け、もはやAIを単にツールとして選択すればよい時代ではないとの認識を強めている。他の企業でも今、AIをどのように業務や意思決定の中核に据え、組織に不可欠な存在として活用していくかを議論している状況だ。
牧園CIOは、「いまわれわれが直面しているのは、ツールの選択という課題ではなく、AIをどう業務や意思決定に融合させ競争力とするかという変革の圧力だ」と語る。
企業はAIとどう付き合い、仕事をしていくかの具体的な道筋を考え、実際に動き始めている段階にある。ツールとしての活用から一歩進み、非定型・創造的な業務の中でAIを活用していくための組織作りやプロセス設計が重要になっていく。
ソフトバンクでは現在、AIの自律的な意思決定を活用した業務運用の高度化に取り組んでいる。これまで企業のAI活用と言えば、人間があらかじめ決めた手順や選択肢の中からAIが最適なものを選ぶアプローチが主流だった。しかしこの手法では、既知の問題や想定されたトラブルにしか対応できず、未知の状況への柔軟な対応には限界があった。
今後は、どのツールを使い、どの障害やトラブルから何を予測し、どんな意思決定を下すかという判断プロセス自体をAIに委ねる必要がある。企業が目指すのは、AIが自律的に考え意思決定を下す「自律思考型」の運用モデルだ。
将来的には、人間主導の決定とAI主導の自律的判断が共存し、それらを状況に応じて柔軟に使い分ける「オーケストレーター」のような存在が必要になる。ソフトバンクにおいても、AI任せ一辺倒ではなく、ケースバイケースでどちらを活用するかを判断する柔軟性が欠かせない。
一方で、このような自律型AI運用の実現には越えなければならない課題も多い。ソフトバンクでは「ガバナンス」「システム連携」「認証・認可」「データ整備」の4つを重点課題と位置付けている。とりわけ重要なのは、誰が責任を持つのかという点だ。AIエージェントに業務を任せる以上、その業務責任者がエージェントの育成や運用にも責任を持たなければならない。「AIエージェントが業務を担う以上、その監督責任や育成も業務責任者が担う必要がある」と牧園CIOも指摘する。
実際、現場ではまず社員のAIリテラシー向上が課題とされてきた。ソフトバンクでは、社員1人で100件、1000件の顧客対応が可能となるなど効果が顕著に表れている。以前は社員のAI活用率が50%前後にとどまっていたものの、現在は97%とほぼ全社員が積極的にAIを利用している。
また、AI活用のための環境整備も欠かせない。適切な技術基盤や運用体制の提供がなければ、全社的なAI推進は形だけのものになりかねない。現状では、AIエージェントの設計や運用の多くを人間が担う段階にあり、人材育成と環境整備の両面で着実な歩みが求められている。
AIエージェントの活用や開発に取り組むためには、まず基盤となる「人」の部分の整備が不可欠だ。ソフトバンクが進めるAIエージェント導入においても、最初に人材の土台の確立が優先されている。その後、システム連携へと進むものの、従来のようにシステム内でデータや機能が閉じていた状況から、エージェントへのアクセス性を高める方向へと移行している。
今後は必要な際にAIエージェントへ業務を委ね、そのための仕組みを整備しなければならない。この変化は、企業が自社の持つデータやサービスをAPIとして外部に公開し、他社や開発者と連携しながら新たなサービスや価値を生み出していく「APIエコノミー」の考え方に通じている。単一企業内に閉じていたシステムを、APIを通じて相互接続し、複数の企業やパートナーが柔軟にサービスを組み合わせて価値共創する土台が、今まさに企業システムとして求められているのだ。
特に重要なのは、認証や認可の設計だ。AIエージェントごとに企業のルールに則(のっと)った権限付与の仕組みを持たせ、システムやデータへの適切なアクセスを保障する環境が必須だ。牧園CIOは「エージェント開発においては認証・認可の設計と運用が最重要事項になる」と強調した。
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