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大赤字で始まった「がん啓発ライブ」、なぜ10年続いた? ヘルスケア企業社長に聞く「慈善事業のROI」(2/2 ページ)

» 2025年09月05日 08時00分 公開
[河嶌太郎ITmedia]
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治験でも求められる「患者中心」

――がんサバイバーやがん経験者が経営や組織に参加することの意義も大きいと感じます。当事者でなければ分からないことがあり、その視点を取り込むことは重要ではないでしょうか。

 その通りです。例えば、「女性に優しい制度を作りましょう」と言うときに、女性社員が関わっていなかったとしたら、現実に即した制度はできるわけがありません。がんサバイバーも同じです。がんを経験した人が社会でどう働き、どう暮らしていけるのかを考えるとき、その当事者がいなければ本当に役立つ仕組みは作れない。これは大前提だと思っています。

 さらに言えば、誰がいつ当事者になるかは分からないんです。だからこそ、当事者の経験や多様な声を取り込む必要があります。治験の世界でも同じことが言われていて、「患者中心」(Patient Centricity)という考え方を強調しています。治験をより良くするには、被験者や患者の視点が反映されなければならない。医薬の世界でも企業経営でも、これは共通する課題です。

――まさに多様な視点を取り込むことの重要性ですね。

 はい。ただ「多様な視点が重要」というよりは、「多様な視点を理解する力」が経営者には求められているのではないかと思います。あらゆる視点には良し悪しがあり、全てを無条件に取り込めるわけではありません。だからこそ、それを受け止め、取捨選択し、学ぶ力が必要なんです。

 オンコロを通じて多くのがんサバイバーに出会いましたが、彼らが持っている「自分の人生をどうより良くするか」という力やエネルギーは本当にすごいものがあります。経営者としても大きな刺激を受けましたし、そこから学んだことは非常に多いですね。

 最終的には、そうした多様な経験や力にどう目を向けるか、それをどう生かすかが経営者にとって重要な能力なんだろうと感じています。

photo アーティストのパフォーマンスだけでなく、小児がん・AYA世代のがん体験者と、フリーアナウンサー笠井信輔さんとのサバイバートークのプログラムもある

ROIを緻密に見る企業だからこそ意義ある評価

――3Hメディソリューションは、2022年2月にエムスリーグループに入りました。これはどういった狙いがあったのでしょうか。

 当社は2022年にエムスリーグループに入りました。理由の一つは経営基盤をより安定させ、事業成長を加速させるためです。オンコロのような取り組みを継続し、さらに発展させていくためにも、企業としての基盤が強くあることは不可欠でした。その点でエムスリーの文化や方向性は、私たちと非常に相性が良いと感じています。

 また、エムスリー自身も従来から医療全体のイノベーションに取り組み、近年は患者さんの方に目を向ける活動を強めていました。ですので、タイミング的にもベストな選択だったと思っています。

――エムスリーはオンコロ事業に理解を示しているのでしょうか。

 正直、入る前は理解していただけないのではと思っていました。ところが実際には逆で、毎年オンコロライブを開く際も、社内の承認会議できちんと許可をいただいています。エムスリー創業者の谷村格社長も直接OKを出してくださっており、そこは非常に心強いですね。エムスリーでもがん領域に関連した社会的な活動を手掛けていて、単純な利益追求だけではない姿勢があります。ですから、「むしろ興味を持って応援したい」という反応だったのはうれしかったですね。

――なるほど、エムスリーの中でも驚きの反応だったのですね。

 そうです。他の役員からも「こういう活動が通るのか」と驚かれたと聞いています。エムスリーはROIを緻密に見ることが多いですが、視聴者数や認知の広がりを評価軸にして許可してくれるというのは、やはり本気でこの領域を盛り上げようと考えている証拠だと思います。

――やはり本業があるからこそ挑戦できたという背景もあるのではないですか。普通のイベント専業の会社では難しい印象もあります。

 それは大きいですね。私たちは治験事業でしっかり利益を確保し、経営基盤を固めています。そのうえで「オンコロ」のような社会的意義のある活動ができる。渋沢栄一の「論語と算盤」の話で言えば、算盤がしっかりしているから論語を実現できるわけです。良いことだけを掲げても、継続性がなければ意味はありません。だからこそ、まずしっかりビジネスで結果を出すことが重要で、その上で社会的な活動を展開していく。この順序が正しいと思います。

オンコロライブを社会に根づかせる次の10年へ

――社員の成長という観点ではどうでしょうか。今はがん情報サイト「オンコロ」のスタッフがイベントを担当しているようですが、人の育ちや組織の変化などは感じますか。

 これは正直に言うと大変な部分もあります。オンコロライブは準備を含めれば4日間ほど拘束され、運営側には本当に大きな負担がかかります。人材面では今一番クリティカルな課題かもしれません。みんながみんな運営に関わりたいわけではないですし、普段の本業と全く異なる業務なので、慣れない仕事によるストレスも少なくないのが現実です。

――なるほど。課題はあるけれど意義もあるわけですね。

 そうですね。社員が「このライブは何のためにやっているか」を理解して参加できれば、そこから普段の仕事では得られない経験や学びがあるのも事実です。当初は純粋に「ボランティアでやってほしい」とお願いしていましたが、それでは持続性がなくなってきました。

 今は会社として「仕事」として取り組んでもらい、代休などでしっかり対応しています。そのうえで「やる意義を理解したうえで取り組むこと」こそが大切で、多くの気付きを与えてくれると思っています。

――オンコロライブ10年間を振り返って、今後についてお聞かせください。

 やはり従来のビジネスは「どれだけ回収できるのか」を見積もってスタートするものが多いものです。経営者仲間からも「予算確保の見通しがないのに、どうして始められるんだ?」と驚かれました。でも、できる範囲で形にし、走りながら作り込むという進め方も十分に価値があると思っています。オンコロライブもそうした「やり方のイノベーション」の一つでしょうし、これから先はこうした取り組みこそ応援される時代になっていくのではないでしょうか。

 利益を目的に「ここがもうかりそうだから参入する」といった考え方では、たとえ短期的に売れても尊敬は得られません。ファンや参加者には必ず伝わります。これからの社会では、お金だけでなく、尊敬を得られる事業と意味のある活動をどう提供するかが価値基準になります。オンコロライブもその一つとして、今後さらに社会に根づいていけばよいと考えています。

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