人間にしかできない仕事へと移行していくために、個人、そして組織としてできることは何だろうか。
まず、生成AIを恐れて距離を置くのではなく、使えるようになることが大切だ。
今担当している仕事で生成AIを使って省力化できることはなんだろうか、と考えてみる。これ自体に「正解」はない。まずは試しに、仕事の一部を生成AIにやらせてみよう。ただし、出てきた「答え」をうのみにするのではなく、内容をチェックする。そうすることで、どこまで生成AIが代替できるか、自分に残されるであろう仕事は何かが見えてくる。
ルール上、業務で生成AIを使うことができない会社もある。その場合は、プライベートで似たようなタスクを生成AIにやらせてみるなど、ある程度の検証をした上で、会社に導入を提案してはどうだろうか。
自分の仕事を生成AIに代替させる提案をするなんて、自らの首を締めているように見えるかもしれない。しかし、これこそが「答えのない仕事」であり、うまくいけば省力化の実績になる。いずれAIに奪われる業務にしがみつくよりも、一つ上のレベルの仕事を任されるようになるきっかけをつくる活動だと考えるべきだ。
先に「『問い』を立てることは生成AIに任せることができない」と書いたが、生成AIに「問いの候補」を出させることはできる。「顧客満足度を高めるための施策を考えたい。その切り口となる『問い』を10個挙げてください」のような指示を出せば良いのだ。
しかし、候補の中からどれを採用し追求していくべきかに、一つの「正解」はない。
採用すべき「問い」は、これまでの成功や失敗、他の課題との関連、取り組み体制など、その組織に固有のさまざまな要素によって変わる。何より、自社のビジョンや理念、目指す目標といった"軸"がなければ、適切な「問い」は立てられない。
「正解」を探し求めるということも同様で、生成AIがいくつかの施策を提案してきたときにどれを採用するかは、やはり組織や個人の”軸”がないと選べない。
生成AIはあくまでツールでしかない。その効果を最大化するには、ツールの使い手である社員みんなが組織の”軸”を共有し、ベクトルを合わせることが重要だ。
ちまたでは、「生成AIを使うほどに頭が悪くなる」と警鐘を鳴らす人もいる。これまでは数時間かけて情報を集め、読み込んで理解していたようなことも、生成AIに聞けば一瞬で答えを返してくれる。それで満足して深く考えることをしなくなってしまう、という理屈だ。
もし部下が、生成AIに丸投げで不十分なアウトプットを出してきたら、きちんとダメ出しをしなければいけない。たとえ良くできたものを持ってきたとしても、「生成AIに聞いたら、こんな案が出ました」を許してはいけない。生成AIを使うのは構わないが、その回答を「自分なりに検討した上でもってくるように」と徹底しないと、部下はどんどん考えなくなり「頭が悪くなる」回路に陥ってしまう。
部下の育成という観点からも、仕事の品質の面からも問題だ。ここでもやはり、自分たちなりの”軸”に照らして必要な品質を満たしているか、目的に沿ったアウトプットになっているかを評価する必要がある。
個人には、AIを使いこなしながらも思考力と判断力を磨き続けることが求められる。組織や自分の"軸"を理解し、適切な「問い」を立て、最善の「答え」を導き出す。そうした力を持つ人材が、これからの時代を生き抜くことになるだろう。
一方、組織としてすべきことも明確だ。まず、社員が安心して生成AIを活用できる環境を整えることが第一歩となる。そして何より、ビジョンや理念といった組織の"軸"を明確に示し、全社員と共有することだ。この"軸"があってこそ、社員一人一人が適切な「問い」を立て、AIの提案を正しく評価できるようになるからだ。
結局のところ、生成AIの恩恵をどれだけ享受できるかは使い手である人の意思とスキル次第だ。AIが高度化する時代だからこそ、AIツールや利用環境だけではなく、人への投資こそが、組織の競争力を左右する重要なテーマとなるのではないだろうか。
コクヨ、ベネッセコーポレーションで11年間勤務後、独立。2013年より組織に所属する個人の新しい働き方、暮らし方の取材を開始。『くらしと仕事』編集長(2016〜2018)。「Yahoo!ニュース エキスパート」オーサー。各種Webメディアで働き方、組織、イノベーションなどをテーマとした記事を執筆中。著書に『本気で社員を幸せにする会社』(2019年、日本実業出版社)。
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