懐かしの「屋上遊園地」、なぜ今復活? 松坂屋の“逆張り戦略”地域経済の底力(2/4 ページ)

» 2026年03月03日 08時00分 公開
[伏見学ITmedia]

400年以上の歴史を持つ老舗が直面した「屋上の荒廃」

 「松坂屋」の歴史は400年を超える。1611年に「いとう呉服店」として名古屋で創業し、江戸時代に発展。東京・上野の呉服商だった松坂屋を買収して江戸へと進出した。その後、明治、大正と時代が移り変わり、1925年に全店舗の商号を松坂屋に統一。同年5月に、現在地の栄に松坂屋名古屋店を構えた。

 すでにその時から屋上遊園地は存在していた。当時は動物園や展望台、水族館なども併設され、展覧会も開催されていたという。太平洋戦争時に空襲で全焼したが、戦後に復活した屋上に子ども向けの遊具などが置かれ、今の屋上遊園地の原型ができた。

昭和30年代の松坂屋屋上の様子(一般財団法人J.フロント リテイリング史料館提供)

 高度成長期とともに日本中の百貨店はにぎわいを見せたが、1990年代初頭のバブル崩壊以降、不景気や大型ショッピングモールの台頭などもあり、百貨店ビジネスは衰退。同時に屋上遊園地も存続の危機に直面した。松坂屋名古屋店に限らず、あらゆる百貨店が同じ道をたどっている。

 日本百貨店協会によると、業界売上高のピークは1991年の9兆7000億円。同年には全国に268店舗の百貨店が存在し、ほぼ全てに屋上遊園地があったとされている。それらが次々と閉鎖となった。

 屋上遊園地の減少には別の理由もある。

 1970年代に百貨店の火災が相次ぎ、消防法が改正され、建物の屋上の半分を避難区域として確保することが義務付けられた。その結果、観覧車のような大型遊具などを設置することが難しくなったのである。それに伴う収益減や刷新に必要なコストなどを鑑みて、屋上遊園地の閉鎖を決めた百貨店も多い。

 松坂屋名古屋店は何とか屋上遊園地を維持し続けていたが、実態は厳しいものだった。今回のリニューアルプロジェクトを担当した大丸松坂屋百貨店 本社営業本部店づくり推進部の池田航氏によると、リニューアル前は「平日であれば1日の売り上げが1万〜2万円程度だった」という。

大丸松坂屋百貨店 本社営業本部店づくり推進部の池田航氏(筆者撮影)

 遊具のメンテナンスもままならず、植物園として設けた場所の草木も枯れていた。池田氏は当時の状況をこう振り返る。

 「2010年に『ソラテラス』という屋上庭園を開業し、季節の植物を飾ったり、植物を販売する店舗を設けたりと、さまざまな事業に挑戦しました。しかし、数年で維持管理が難しくなり、『本当にこれが植物園なのか』という状態になってしまったのです。レトロな雰囲気を好む方も来られていましたが、植物は枯れ、単に老朽化した場所と化していました」

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