執筆する作家が少しずつそろい始めるのと並行して、三橋さんたちは文芸誌のコンセプトやターゲットを固めていった。
「読者層は『文芸誌を買わない層』に絞りました。本に興味はあるけど読書から遠ざかっている人、何を読んだらいいか分からない人が手に取ってくれる文芸誌というコンセプトです。新たに文芸誌を出す意義として、これまでになかったものにしようと思いました」
この読者層を狙おうと決めた背景には、三橋さんが以前から感じていた違和感も影響していた。
「『若者の読書離れ』という言葉が嫌いなんです。私がひねくれているのかもしれませんが(笑)、暗に『読まない人が悪い』というニュアンスを感じます。でも、本を読まない人を振り向かせるために試行錯誤するのが私たちの仕事です。本から遠ざかっている人たちに何とかして小説の面白さを伝えたいと思いました」
読書から遠ざかっている人に手に取ってもらうには、買いたくなる文芸誌でなければならない。三橋さんたちが考えたのは所有欲をくすぐることだった。
「持っているだけでうれしいと思えるデザインにしたいと考え、若手デザイナーの沼本明子さんにデザインをお願いしました。沼本さんを選んだ理由は文芸のデザイン経験がそれほど多くなく、いい意味で『文芸らしいデザイン』という暗黙のルールを破ってくれると思ったからです。文芸らしくない、書店で存在感のある装丁にしたかったんです」
沼本さんからの提案は、三橋さんの期待以上に斬新だった。例えば、本紙には通常の紙の1.5倍以上の価格の「色上質紙」(パルプ100%の質の高い紙に染料で淡い色をつけたカラー用紙)を使いたいと提案された。
「その提案を受けたときは、『コスト的に難しい』とお伝えするつもりでした。ところが打ち合わせの場で楽しそうに話される沼本さんのパワーに感化され、『やりましょう』と思わず言っていました」
作家陣やコンセプト、デザインの方向性を固めるのと並行して、三橋さんは上司に相談を進め、状況を都度共有していった。社内の他部署も巻き込み、出版を決定する会議も行われ、少しずつ新文芸誌の発刊が現実味を帯びてきた。社内でもっとも議論が交わされたのは価格設定だった。
「こんな時代に紙の文芸誌を出すのだから、インパクトが必要です。普通の文芸誌と同じ価格だと埋もれてしまうし、若い世代が手に取りやすいワンコイン価格にしたいと提案しました。しかし、『これだけコストがかかるものを510円で出すなんてとんでもない』という意見も多かったです」
現在の一般的な文芸誌の価格は1000〜2000円だが、最終的に、GOAT(ゴート)という名前にひっかけて、510円に設定された。「いったん1号出してみよう」という意思決定で発刊が決まった。
しかし、「継続して発行できるか分からないので、『創刊』という言葉は絶対に使わないように」という条件付きだった。文芸誌単体での黒字を目指すのではなく、単行本での発売や映像化で収益を立てる中長期的な展開を見据えた決断だった。
有志で自然発生的に集まったGOATの編集部は、いつの間にか10人にまで増えていた。それぞれが本業の傍らで、GOATのプロジェクトに参加するというアベンジャーズのような組織だ。GOATに掲載する作品は、編集部員10人それぞれが「今、この作家の作品を読んでほしい」という自分の推しを集めて構成。ページ数は500ページを超えた。
「継続的に発行できるか分からない状態だったので、掲載するのは読み切り作品だけにしました。多くの文芸誌は小説を連載していますが、初めて文芸誌を手に取る人にとっては、途中から小説を読み始めるのはハードルが高い。読み切りなら一つの作品を読み終えるまでに時間もかからず、どの作品から読み始めてもいいので、小説を読みなれていない人も手に取りやすいです」
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