ネットワーク戦略には臨界点がある。密度が一定水準を超えるまでの、持ち出しの期間だ。
当面のターゲットは中堅中小企業。大企業は銀行との交渉力があり手数料課題が小さい一方、中小企業では複数口座の使い分けなど業務の手間が大きいという課題を抱えるケースが多い。Bill Oneユーザーの76%は中堅中小企業で、2025年末には従業員数100人以下の企業を対象にした無料プラン「Bill One for Small Business」も投入。振込手数料無料化は、この層を取りに行くための呼び水だ。
ただし基盤となる住信SBIネット銀行の法人機能には給与振込・融資などの制約があり、笠場氏自身「メインバンクを取りに行くものではない」と線を引く。狙いはあくまで、証憑にひも付く入出金データを押さえることにある。
体力面は、足元の数字が裏付ける。Bill One事業の有料契約件数は2026年2月末で4924件(前年同期比36.1%増)、ARRは約139億円(同36.8%増)、直近12カ月平均解約率は0.30%。高成長と低解約が続くかぎり、持ち出しの原資は売り上げの伸びで吸収できる計算になる。
問題は、この成長カーブが臨界点到達まで続くかどうかだ。リスクはデジタルインボイス規格「Peppol/JP PINT」の普及にもある。標準規格が広がればネットワーク間のデータ交換が進み、独自ネットワークの優位性は薄まるかもしれない。
それでも笠場氏のチャレンジの筋道ははっきりしている。AI時代にプロダクトの機能差が消えていくなら、最後まで残る壁は、取引先を巻き込んだ関係性の側にしかない。振込手数料の無料化は、その関係性を厚くするためのコストだ。
このチャレンジが実るかどうかは、2〜3年後に3つの数字に表れる。Bill One Bank経由の振込取扱高、Bill One同士の送金比率、そしてインボイスネットワーク参加企業のうち入出金までBill Oneで完結させている企業の割合だ。この3つが動き始めたとき、振込手数料無料化はキャンペーンではなく、SaaSが金融を飲み込んだ最初の成功事例として振り返られることになるだろう。
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