2025年5月15日、日本生産性本部は「付加価値増大を軸とした生産性経営の実践〜2040年、日本を世界の生産性トップリーグへ導く経営変革の道筋〜」と題する提言を発表した。これは経営者を中心に、労働組合幹部・学識者の三者で構成される「生産性経営者会議」において取りまとめられたものだ。
日本の労働生産性は、1990年の世界13位をピークに、その後30年以上にわたって低迷を続け、2024年には29位にまで後退した。ここから再び上位に返り咲くために何をすべきか。本提言では経営者・働く人々・政府の三者それぞれに具体的な行動を示している。
特筆すべきは、本提言の根底にある思想として「“包摂性を伴う”生産性向上の実現」が掲げられている点だ。気候変動、地政学的分断、技術革新の加速、格差拡大など、複合的な危機が同時進行する「パーマクライシス」(恒常的危機)の時代において、従来の延長線上にはない経営変革が求められる。その中で、生産性向上と成果の公正な分配を推進した「競争力と包摂性を両立する」成長モデルこそが、日本の“勝ち筋”であるという。
「包摂性の実践が、消費と市場の拡大を通じて、企業の持続的成長に還元される」──生産性経営者会議の共同委員長であり、日立製作所取締役会長 代表執行役 東原敏昭氏はこう語る。本記事では、東原氏の発言を抜粋して紹介する。
経営者への提言
——経営者自身の変革——
1. AI時代の経営者はチーフ・イノベーション・オフィサーへ
2. 効率化重視に留まらない、付加価値を創造し続ける経営の実践を
——戦略の明確化——
3. 自社のドメインナレッジとデジタル技術の融合による「勝ち筋」を明確に
4. 付加価値を最大化できるよう競争領域と協調領域の区別を
5. 自社の戦略的貢献領域を明確に定義し、事業ポートフォリオの再構築を
——産業構造・エコシステムの変革——
6. 業界再編・企業統合・戦略的連携を推進し、産業構造改革の主導を
7. スタートアップとの戦略的な協業・投資の推進を
8. 国内市場は縮小するからこそ、グローバル市場での勝負を
——仕事・人材・組織の変革——
9. 人間が付加価値創造に専念できる職場環境の実現で、真の働き方改革を
10. 人間にとって、やり甲斐のある仕事への労働移動と実効性のあるリスキリングを
11. 「生産性向上の源泉となる多様性」と「経済的格差を放置しない包摂性」を
——経営基盤の強化——
12. 持続的な企業価値向上の経営基盤として、コーポレートガバナンスの高度化を
日本生産性本部「付加価値増大を軸とした生産性経営の実践〜2040年、日本を世界の生産性トップリーグへ導く経営変革の道筋〜」より
東原共同委員長、以下同: 市場はグローバル。グローバルで勝てなければ、やがてその企業は淘汰(とうた)されるだろう。いくら日本の中で勝とうと思っても無理がある。
日立は「IT(情報技術)・OT(運用技術)・プロダクト(製品)」の3つを1社で併せ持つ、世界で見ても稀有(けう)な存在であり、これこそが日立の強みだ。
例えば、日立はグローバルで鉄道事業を展開している。中でも英国の鉄道事業では、センサーやAIを用いた画像解析などによって、故障の予兆を検知。部品交換の最適なタイミングを見極めることで、最小限のメンテナンスに抑えている。保守コストを平均15%低減できるほか、列車の遅延や事故を未然に防げることで、お客さまのQOL向上に貢献している。
日本のモノづくりにおいては、こうした現場の運用知識や熟練工の経験、製造工程の調整力などによって全体最適を図る“すり合わせ”が随所で行われている。このすり合わせ能力の高さや高品質なサービスといったドメインナレッジは、日本企業の競争優位の源泉だ。ドメインナレッジとAIを掛け合わせながら、積極的にグローバル展開していくのが日本の勝ち筋だと考える。
日立だけでなく日本のモノづくりでは“ゼロディフェクト”(欠陥ゼロ)の追求が当然とされてきた。だが、グローバルではゼロディフェクトが付加価値として適正に評価されるとは言えず、価格プレミアムにつながりにくい。いままでのやり方を絶対的な正解だと盲信するのは危険だ。
例えばPCで考えてみよう。日本製は高くて壊れない。外国製は安いから壊れることもある。「だったら、外国製の安いのを2つ買って、壊れたら修理している間に、もう片方を使えるようにしておこう」と冗長性でカバーする。これでは日本製は売れない。
しかもゼロディフェクトを追求すると、当然、製品開発に時間がかかる。開発手法はウォーターフォール(上流から下流へ、順番に進行する開発手法)一辺倒だから、途中でつぶしが利かない。失敗も許されない。その間に他国はアジャイルで迅速にプロトタイプをつくり、市場に投入してから改良を加えていく。これに対抗するには、ウォーターフォールとアジャイルのハイブリッドで、もう少し柔軟なモノづくりに変えていく必要があるのではないか。
だからと言って、日本の高品質なモノづくりをやめろと言っているのではない。それはそれで、付加価値として価格プレミアムを認めてもらえるような仕掛けをつくっていく必要があるだろう。
加えて、多くの日本企業は、自社のデータを全て「競争領域」と捉えて囲い込んでしまう傾向がある。これではグローバルで勝てないし、社会課題に対応できない。日本全体で付加価値を拡大するには、顧客データや独自ノウハウといった差別化を追求するための「競争領域」と、CO2排出データやトレーサビリティのような「協調領域」に切り分けたうえで、協調領域のデータは互いに出し合い、企業の垣根を越えて連携を図るべきだろう。
私がAI時代の経営者として心掛けているのは、PEST分析(Politics:政治、Economy:経済、Society:社会、Technology:技術の4つの視点で外部環境を分析するフレームワーク)に、時間軸と地域軸を加えた3つの軸で変化を捉えること。いまはもうPEST分析だけでは足りない。
5年前には仕事で生成AIを常用するなんて考えてもみなかったはずだ。5年後にはきっとエージェンティックAIやフィジカルAIの世界になっているだろう。こうしたバックキャストだけでは見えてこない物事は、フォアキャストで予測していく必要がある。
だからといって、フォアキャストだけでもいけない。人間の働き方、特にAIとのすみ分けについては、理想から逆算したバックキャストで考えるべきだ。2040年も人間中心の社会でありたいなら「いまある仕事をどう変えていくのか」「AIに何を任せ、人間をどこに配置するのか」「そのためにはどんなリカレント教育が必要なのか」などについて、産官学で連携して議論を進めていきたい。
怖いのはデジタル洗脳のリスクだ。今でもAIを壁打ち相手に使っている経営者は多いと思うが「AIは耳ざわりの良いことしか言わない」と肝に銘じておきたい。経営者がAIを活用する際には、さまざまな可能性を考慮しながら、使いどころを見極めることが大切だ。
加えて、AIエージェントが普及してくると、経営会議へのAI参画がより活発になるだろう。そうなったときに、AIの意見を踏まえて人間のCEOが最終判断していれば安全なのか。
AIはうそをつくが、人間はうそをつかない──私はそうは思わない。むしろ、失敗したり間違ったりして、“完璧ではない”のが人間の特徴だろう。
経済合理性だけを追求するなら、AIに任せたほうが良い。だが、本当にそれで良いのか。人間らしさからしか生まれない付加価値もあるのではないか。今一度、問い直すべき時が来ていると思う。
「生産性=付加価値÷投入コスト」で計算できるが、その中身は時代とともに変化している。
2000年以前の「製品とテクノロジー」を売ってきた時代は、プロダクトアウトの考え方が主流だった。この時代は市場価格がある程度決まっていたため、生産性を高めるためには「いかに原価を下げて稼ぐか」、投入コストの削減に主眼が置かれていた。
ところが、デジタル技術が登場した2000年以降は「顧客課題の解決」によって対価をいただく時代に入った。生産性を高めるために、コスト削減ではなく付加価値の拡大へと着眼点が変わってきている。
さらに昨今では、特定の顧客の課題解決にとどまらず、CO2の削減やカーボンニュートラル、再生可能エネルギーへの転換など「社会課題の解決」までもが求められる時代へとシフトしてきた。これからの経営者は、“Chief Innovation Officer”として、自社が創出できる付加価値を再定義するとともに、その最大化に寄与し続けなければならない。
20年近く前の日立が約7870億円の赤字を出したころ、取締役13人のうち社外取締役は4人しかおらず、ほとんどを日立のOBが占めていた。だが、いまは取締役12人のうち社内取締役は社長・会長・OBの3人しかおらず、社外取締役の9人中5人は外国人だ。従業員も約30万人のうち約6割が外国人。執行役員も69人中16人が外国人であり、その比率はどんどん高まっている。
他にも女性や異業種経験者など多様な人材を登用し、同質性を打破することに注力している。多様性はグローバルで付加価値を拡大し、生産性を高める源泉になるだろう。また、包摂性の実践によって消費と市場が拡大し、日本の収益力向上や賃金の上昇につながることで、さらなる生産性向上を生み、好循環の創出を実現できると考えている。
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