こうした変化の中で、企業側も人材戦略の見直しを迫られている。AIの進化は業務だけでなく、人材育成のあり方にも大きな影響を及ぼし始めているからだ。
これまで多くの企業では、新卒社員にまず議事録の作成、データの整理、社内資料のとりまとめといった「入り口業務」を経験させてきた。こうした業務を通じて仕事の全体像をつかみ、社内の人間関係を築き、徐々に難易度の高い仕事へとステップアップしていく。いわば「仕事を覚えるための下積み」だ。
しかし今、この入り口業務の多くをAIが代替し始めている。議事録はAIが自動で生成し、データもAIが整理する。若手が下積みとして経験していた業務が消えつつあるのだ。
企業にとっての課題は「では若手に何を経験させるべきか」という問いだ。下積みがなくなった先に、どうやって人を育てるのか。この育成設計の見直しは、人事にとって喫緊のテーマになりつつある。
ここにシニアの新たな役割がある。30〜40年の実務経験を持つシニアであれば、「この業務はAIに任せていい」「この経験だけは自分の手で積ませるべきだ」という判断ができる。AIと人が担うべき業務の線引きを、経験則から見極められる存在だ。
多くの企業では、リスキリングや人材育成の予算は若手に集中している。在籍期間が長く、投資回収の期間を確保しやすいためだ。しかし、AIによって若手育成のあり方そのものが変わろうとしている今、本当に若手だけに投資すれば十分なのだろうか。
AIを使いこなしながら、自らの経験を若手育成に生かせるシニアが増えれば、育成の質やスピードは大きく変わる可能性がある。何をAIに任せ、何を人が経験すべきかを判断できる人材は、これからの組織においてますます重要になるだろう。
シニアへの投資は、単に一人の社員の生産性を高めるためのものではない。若手の成長を加速させ、組織全体の知識継承を支えるための投資でもあると考えられる。シニアへの教育投資を「回収期間が短いから非効率」と捉える企業もあるかもしれない。しかし、AI時代の育成インフラを再構築するという観点に立てば、その考え方は一度立ち止まって見直す必要があるのではないだろうか。
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