中岡氏は、無線機の強みを3つ挙げる。1つ目は「自営性」だ。スマホや携帯電話は基地局がなければつながらないが、無線機は通信事業者のネットワークに依存せず、電波が届く範囲であれば端末同士で直接通信できる。2つ目は「同報性」。電話が基本的に1対1の通信なのに対し、無線機はボタン1つで多数の相手に一斉に情報を伝えられる。3つ目は「即時性」で、相手の電話番号を呼び出す手間なく、押せばすぐに通話できる。
中岡氏は無線機とスマホの関係を「代替」ではなく「共存」と捉える。アイコムはスマホをトランシーバーのように利用できる法人向けアプリも展開しており、ボタン操作でグループ全体へ情報を一斉連絡できる。一方で、端末そのものの耐久性では無線機に分がある。落下や衝撃、水漏れなどが日常的に発生する現場では無線機が選ばれやすいという。
こうした強みを背景に、活用の場を広げてきた。当初はホテルや警備、駐車場やイベントの誘導といった簡易なやり取りが頻繁に発生する現場が中心だった。しかし近年は、鉄道や航空会社といった社会インフラを担う業界への導入も進んでいる。
導入先は民間企業だけではない。学校や自治体からの引き合いも増えているという。校内や職場にスマホの持ち込みを制限する動きや、盗撮・情報漏えいへの懸念から、通話に特化した機器が選ばれやすいためだ。
中岡氏によると、校内放送や教室に設置されたインターフォンと連携し、不審者の侵入時に校内に一斉通報できるシステムなどについて学校から相談を受けるケースもあるという。
近年はGIGAスクール構想の推進でWi-Fi環境が整備された学校も多い。そうした環境では、Wi-Fi経由で利用できる無線機を導入することで、月々の通信料をほぼかけずに運用できる。
こうした無線機の強みが最も際立つのは災害時だ。2018年の西日本豪雨では、浸水によって電話やテレビが使えなくなった地域で、アマチュア無線の愛好家が無線機を通じて別の地域に住む愛好家へ救助を求めた事例があったという。さらに、2024年1月1日の能登半島地震では、アイコムが総務省から預かる備蓄用の無線機を東京・大阪・金沢の拠点から被災地へ運んだ。
「震災の直後から数時間、数日の間は、無線機が通信を支えているのが現実だ。これは日本に限らず世界中で言える」と中岡氏は話す。通信インフラが復旧するまでの間、外部のネットワークに頼らず利用できる無線機が、重要な連絡手段となる。
しかし、通信手段の多様化も進んでいる。近年は、米・SpaceXの衛星通信サービス「スターリンク(Starlink)」の普及により、「将来的には無線機が不要になるのではないか」との見方もある。だが中岡氏は、両者は役割が異なると考えている。
スターリンクは主にインターネット接続を提供するサービスであり、無線機のように即時的な通話ややりとりを想定したものではない。また料金面の課題に加え、屋内や高層ビル街など、衛生との通信が遮られやすい場所では利用しづらい。
一方、アイコムは衛星を利用して音声通話ができる無線機「IC-SAT100」をすでに実用化しているほか、スターリンク回線を活用できる無線機も展開している。新しい通信網が現れても、脅威としてではなく自社の無線機の価値を高める手段として取り込む。中岡氏は、新しい通信技術をそうした視点で捉えている。
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