2026年のFIFAワールドカップ開幕に合わせ、渋谷・MIYASHITA PARKであるプロジェクトが始動した。サッカー日本代表(SAMURAI BLUE)の選手たちが、あたかもその場所にいるかのように現れる「(現実と仮想世界を融合させた体験を創造する)XR(クロスリアリティ)体験」を提供する「三井不動産 SAMURAI BLUE 3D EXPERIENCE Presented by SAISON」だ。
仕掛け人は、創業わずか1年半で米国の野球チームのロサンゼルス・ドジャースや日本サッカー協会などの大手と数多くコラボしている、ファンエンゲージの向上を目的としたXRを手掛けるExREAL(東京都港区)の和泉淳一社長だ。
和泉社長は、博報堂で9年間にわたりイベントや営業に携わった後、女性向けコミュニティサイトを手掛けるイー・ゲートを起業。同社をサイバーエージェントへ売却した後、香港の企業でWeb3の最前線に身を置きながら、新たなエンターテインメントの可能性を模索してきた。
その和泉社長が今、日本で商機を見いだしたのがXR事業だ。「シェアード・リアリティ」とは最先端の空間映像・通信技術を用いて、同じ空間や体験を多くの人々と同時に分かち合う没入型のテクノロジーや空間概念を指す。和泉社長にシェアード・リアリティビジネスの展望と、収益モデルを聞いた。
和泉社長は香港でWeb3の企業に在籍し、VTuber事業の海外展開やメタバース領域の発展に関わっていた。だが実際に働く中で「NFTにしてもメタバースにしても、なかなかブームは来そうにないなと感じていた」と振り返る。「正直、Web3というものが、ビジネスとしてブームが来るのか来ないのか、よく分からなかった」という。そんな中、和泉社長が英国ロンドンで体験した「ABBA Voyage」が、その後の事業構想を大きく変えることになる。
ABBA Voyageは、スウェーデンの伝説的ポップグループABBAのメンバーが、20代だった頃の姿をデジタルで再現した「アバター」として登場するライブショーだ。3000人収容の会場は4年連続で満席を維持し、年間売上高は約200億円に達する。
収益の観点で見ると、アーティスト本人たちはもちろん稼働しないため人件費は抑えられる。新しいエンターテインメントのビジネスモデルを確立していたことに衝撃を受けたという。
「映画上映と同じくらいの運営コストで、ライブ以上の熱狂を生む。その現場をこの目で見て、実際に体感できました」
3000人の観客が同じ空間で熱狂を共有する光景を目の当たりにし、和泉社長はこう感じた。「1対1でVRを見るのではなく、会場にいるみんなで共有した空間でバーチャルのエンタメを楽しむ。シェアード・リアリティって、こういうものなんだって思ったんです。これだ! これなら可能性があると思いました」
この経験を経て、シェアード・リアリティを軸にしたビジネスの構想を固めていった。従来のVRが普及しなかったのは、一人の世界に閉じこもる「1対1の没入」に限界があったからだと考えたのだ。
和泉社長が目指すのは、人々が同じ空間で感情や体験を共有できる世界である。スポーツ観戦やライブが人を熱狂させるのは、コンテンツそのものだけでなく、周囲の観客と感情を分かち合っているからだ。ABBA Voyageは、まさにその「共鳴」をXR技術で再現していた。
さらに和泉社長は、ABBA Voyageでの体験の本質を「POV」(ポイント・オブ・ビュー)体験と表現する。観客が単に映像を鑑賞するのではなく、自分自身がその世界の一部として参加する体験だ。スポーツ観戦やライブを受け身で楽しむ時代から、自分が主役となり、その空間に入り込む時代へと変化していく。和泉社長は、こうした没入型の体験こそが今後のエンターテインメントの主流になるとみている。
実際、この市場の成長は著しい。市場調査会社の米IMARC Groupの調査によると、日本のXR市場規模は2025年の約1.5兆円(98億米ドル)から、2034年には約11.5兆円(731億米ドル)にまで拡大すると予測されている。
従来のスポーツイベントやライブは、その日限りの「点」の体験で終わりやすい。一方、今回のXRイベントは展示会のように数週間から数カ月にわたって展開できるため、顧客との継続的な接触機会を生み出せる。
和泉社長は「ファンのエンゲージメントは、接触時間の長さに比例します。長く接触してもらうほど熱量は高まるんです」と話す。
今回のSAMURAI BLUEのプロジェクトでも、選手本人が長期間拘束されることはない。一度制作したXRコンテンツを活用することで、選手の稼働なしにファンとの接点を継続できるところにビジネス的な強みがある。
ここで和泉社長が重視するのが「ファンダム・サイクル」だ。SNS時代においては、企業公式アカウントの発信力だけでは限界がある。企業が設計すべきなのは広告そのものではなく、ファンが思わずSNSで共有したくなる体験なのだ。
例えば「選手が目の前にいるようだった」「まるでスタジアムの最前列にいる感覚だった」といった体験がSNS上で拡散されることで、新たなファンが興味を持ち、イベントへ足を運ぶ。XR体験そのものがメディアとして機能するのだ。
その結果、企業が追うべきKPIも変わっているという。従来は来場者数やチケット販売数が中心だった。しかし今後は、入場者数だけでなく、顧客がどれだけ深くそのブランドの世界に「滞在」し、リポストや「いいね!」を誘発したかといった指標の重要性が増していく。これはマーケティング部門だけでなく、DX推進やデジタル戦略を担う責任者にとっても重要な視点だろう。
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