当初は、国鉄の初乗り運賃が10円の時代に35円で販売したことで、なかなか受け入れられませんでしたが、一度食べれば人々はその便利さと味の虜になり、爆発的なヒットとなりました。
しかし、安藤百福氏の真のすごさは、ここで満足しなかった点にあります。1966年(昭和41年)、「どんぶり」という日本の常識が通用しない米国へ視察に行ったときのこと。現地のバイヤーは、チキンラーメンを小さく割り、紙コップに入れてお湯を注ぎ、フォークで食べ始めました。
これを見た安藤氏は衝撃を受けました。米国にはどんぶりも箸(はし)もありません。インスタントラーメンを世界的にヒットさせるには、食習慣の違いを乗り越える必要があると気づいたのです。そしてこの経験をヒントに、麺をカップに入れてフォークで食べる新製品の開発に取りかかりました。ここから、安藤氏はどんどん常識を打ち破っていきます。
麺をカップに入れる際、最初はカップに麺を落とし込もうとしましたが、どうしても麺が傾いて底に収まりません。悩み続けていたある日、布団で横になっていると、急に天井がひっくり返ったような錯覚に陥ったそうです。
そのときに、「麺を落とすんじゃなく、麺の上にカップを被せて、ひっくり返せばいいんだ」と気づき、確実に麺を充てんできるようになりました。
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