担当者は意義を理解しているが、経営や上司層からの理解が進まず、形骸化する例もある。
ある地域で100店舗以上を展開する小売業の会社では、厚労省が提示する「職業性ストレス簡易調査票」の57項目にエンゲージメントに関する独自の項目も付加し、毎年調査を実施している。人事部に所属する担当者が仕組みをつくり、Webアンケートに回答すればその場で結果が表示されるほか、拠点や職種ごとの集計結果も閲覧できるようになっている。
担当者は「集計結果を眺めていると、いろいろな傾向が見えてくる」という。例えば、高ストレス判定者が多く出ていた店舗で、ある年から急に高ストレス判定者が減った。状況を確認すると、その年から店長が交代していた、といったことがある。
このような分かりやすい結果ばかりではなく、周囲からは和気あいあいとした部署に見えるのに高ストレス判定者が多く、すぐには原因が特定できないということもある。担当者は「その部署は目には見えづらい問題を抱えている可能性がある。管理職が丁寧に面談をするだけでも、状況は変わるのではないか」と語るが、そのような動きにはつながっていないようだ。
そんな中、この担当者は上司である人事部長から、新たなエンゲージメントサーベイの導入を告げられてショックを受けたという。
「経営層からエンゲージメント調査をするようにと言われた人事部長が、新たなアンケートを年に2回やると言い出したんです」
現場の人手不足や人材不足が深刻化しており、従業員エンゲージメントが経営課題として浮上。人事部長に対応が求められた──ということらしい。
担当者からしてみればデータはすでにある。新たな調査を始めれば「また同じようなアンケートが増えた」と社員の負担感が増すことは目に見えている。
「人事部長が年に2回と言ったのは、数値が改善したかを半年ごとに確認したいという意図でした。『それなら、これまでストレスチェックとしてやっていたものを年に2回にすればいい。すでに過去のデータも蓄積していて経年変化も見られるのだから、これを活用しないのはもったいない』という話をしたんですが、なかなか通じなくて……」
このやりとりの中で、ストレスチェックに対する人事部長の意識の薄さも露呈した。「なぜ既存の調査を活用しないのか?」と問う担当者に対する返答は「これが職場の改善につながるものだとは思っていなかった。受けろと言われるから受けていて、高ストレス判定が出なきゃいいな、くらいに思っていた」というものだった。
「私自身は、ストレスチェックが自分の状態を見直したり職場を改善するきっかけになればと考えていて、どうして会社はこれを活用しないんだろう? と思っていました。今回部長と話してみて、かなり意識が違ったんだな、と分かりました」
人事部長の認識の薄さには驚かされるが「義務だからやる」という対応は珍しくない。このエピソードは、法的強制力を持った制度を真に機能させることの難しさを表している。
一方で、世の中にはストレスチェックを意味あるものとして活用する企業もある。
ストレスチェックとエンゲージメントサーベイを元にした組織開発サービスを提供するアドバンテッジリスクマネジメントの林萌奈実氏(組織開発コンサルタント)によれば、同社のサービスを利用している企業において「法律上の義務だから最低限やっている」というところは少ない。ストレスチェックの結果をどう生かすかという課題意識をもって取り組んでおり、利用企業全体の平均値でみると2025年まで4年連続で高ストレス判定者の割合が下がっており、高エンゲージメント者の割合は上昇しているという。
ストレスチェックを実施するには、厚労省が無料で提供しているプログラムを使う、厚労省が提供する調査票を参考に自社で独自に実施する、専門業者のサービスを利用する、といった方法がある。
有料のサービスを利用している企業は、そこにコストをかける価値があると考えているのだろう。つまり、法令違反にならないように形式的にやっている会社と、社員の健康や会社の業績向上に生かそうと真面目に取り組んでいる会社とで、ストレスチェックの取り組み方が二極化しているのだ。
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