「壁打ち」という言葉を目上の人に使うべきではないとする批判派の主な主張は、人を「壁扱い」(道具化)することは、敬意を欠いているという点だ。
人間関係と言語に関する研究「ポライトネス理論」によると、他者に何かを求める行為は相手の領域を侵す「フェイス侵害行為」と定義される。
「依頼」という行為そのものが相手の時間や労力に踏み込む行為なのだ。そのため、ビジネスにおいて何かを依頼する際には、クッションとなる言葉を用いて相手への負担感を和らげる配慮(ネガティブ・ポライトネス)が不可欠とされる。
したがって「壁打ちさせてください」という表現そのものが、相手に負担を感じさせる恐れがある。
対して、失礼ではないとする擁護派の意見にも一理ある。「相談」は受け手に答えを出す責任を負わせるが、「壁打ち」は答えを求めていないという意思表示であり、むしろ相手の負担を軽減する配慮だという主張だ。
そのほかにも「ボトルネック」「パイプ役」など、人を道具に見立てた比喩は定着しており、「壁」という表現だけを問題視するのは一貫しないという反論もある。
まとめると、今回の事案について、論点は大きく3つあるのではないか。
「壁打ち」という表現を不快に感じる人は一定数いる。相手に合わせた言葉を選べていない場合、問題は以下のいずれか(あるいは両方)にある。
意図がどうであれ、結果的に聞き手に不快感を生んだのであれば、「壁打ち」という表現を選択したことはコミュニケーション上の失敗であり、「配慮を欠く」という批判は妥当だろう。
受け手側が壁打ちと聞いて不快に思うことは自由だ。しかし、この不快感を「自信過剰気味」などといった人格評価を伴う形で公開の場に投稿する行為が是とされるかはまた別だ。
学生という社会経験の浅い人の発言を取り上げ「自信過剰気味」と断ずる行為は、若年層の萎縮を招き、世代間の分断を招く可能性がある。現に、今回の投稿は大きく「炎上」し、既に分断が生じている。
例えば「まだ固まっていない段階だが、現時点での率直な意見を伺いたい」「自分の意見に対しどう思うか伺う機会がほしい」などと言い替えれば、「壁打ち」という表現を用いなくても意図は十分伝わる。
こんなささいな言い回しをきっかけに大炎上といえるほどの論争が起きたこと自体が、そもそも不毛ではないか。今回の対立はやはり、壁打ちという表現の是非よりも、「自信過剰気味」という人格否定が火種になったといえるだろう。
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