小杉湯原宿に関わる以前、関根氏は「日本を代表する経営者になる」ことを目標にしていた。その原点には、幼少期のある出来事があった。
関根氏は、父親が60歳、母親が40歳のときに生まれた子どもで、両親とは年の離れた親子関係だった。ある日、作業着姿の父親が同氏を塾に迎えに行ったところ、他の保護者から良くない目を向けられたり、明らかに嫌な顔をされたりしたという。人は肩書きや見た目で判断されるという現実を突きつけられた体験だった。
そのため、両親からは「いい大学に行って、いい会社に入ってほしい」という強い期待をかけられていた。勉強はさほど好きではなかったが、「父のような人が不当な扱いを受けない社会にしたい」と決意。大学に通いながら、休日も含めて企業でインターンとして働き、ビジネス経験を積んでいった。
関根氏が大学生だった2017年ごろ、周囲では起業する友人も少なくなかったという。「当時は自分もやりたいことを見つけて、社会に対して何か価値を提供するだろうと思っていました。そして、その姿を父親にも見せたかった。でも、起業してまでやりたいことがなかったんですよね」と振り返る。
そこで、奨学金の返済などの理由から「お金を稼ぐ」という目標に集中し、与えられた仕事で成果を出しながら着実にキャリアを積み重ねていった。2020年12月には、フィンテック業界で注目のスタートアップだった、ペイミーに入社。カスタマーサクセスの事業責任者を務めたのち、COOに就任した。
順風満帆なキャリアに見えるが、経営の責任を担うようになり、新たな壁に直面する。関根氏は「経営者の仕事は『人の気持ちを動かすこと』であって、『生真面目に実務をやることではない』と学ばされたことが大きな挫折でした。自分が思うように人を動かせないと経営者じゃないんだと思って、向いてないのかもしれないと感じました」と振り返る。
さらに、当時のフィンテック業界では、億単位での資金調達や事業への投資が当たり前だった。そうした環境に身を置く中で、関根氏は次第に違和感を抱くようになった。会社売却を前提にした資金調達や成長競争の渦中で、自身が頑張り続ける意義を見失っていたという。
「ペイミーが大きくなっていくことが、社会にとってどう意味があるのか。金融業界に対して高い熱量を持てていなかった私にはピンと来なかったんです」
取締役会で会社のイグジット計画を提案したところ、全方位から「NO」を突きつけられた。精神的に追い詰められた関根氏は、近所の銭湯へ向かった。父と地元・東京都豊島区の銭湯に通い、その後塾へ向かうのが幼少期のルーティンだったことから、社会人になってからも、その習慣は続いていた。
その日、自分の肩書や事情を一切知らない年配の女性に話しかけられ、同じ湯につかりながら20分ほど会話をした。仕事での肩書や立場とは無関係に、一人の人間として接してくれる空間だった。スタートアップでの日々とは真逆の、ゆったりとした時間が流れるその場所に救われたという。この体験が、関根氏の転機となった。
「ビジネスの世界で評価される『経済価値』よりも、人々の心を解きほぐしたり、熱をつくり出したりするほうが幸せなんじゃないかと思ったんです。湯船から上がった瞬間に『銭湯を経営しよう』と決めました。銭湯経営は、合理的に説明できない『やりたいこと』で、説明できないほど好きになれるものに出合えたことがうれしかったです」
銭湯はこの頃から軒数も減っており、右肩下がりの産業だった。関根氏は「どうせすぐ辞めると思われたくない。退路を全て断ってから、銭湯で働こう」と決意し、ペイミーでの仕事を整理したのちに、東京・浅草の銭湯でアルバイトとして働き始めた。
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