キャリアだけを見れば大きな方向転換だった。それでも関根氏には、自分が進むべき道をようやく見つけたという実感があった。
「不思議と将来に対する不安はなくて、初めて番頭(銭湯の入り口で入浴料などを受け取る受付)に立った時に天職だなと思いました。『私は銭湯をこうしたい。銭湯を継いだらこうするんだ』という思いが自然と湧き出てきて、やっぱり自分の選択は間違っていなかったと思いました」
銭湯で働きながら、さまざまな銭湯へ足を運んで事業承継の可能性を探っていた。ある銭湯の経営者に事業承継を打診したところ、「現代に銭湯なんていらない。うちは土地を売ることに決めているから」と断られてしまった。
その悔しさから、「なぜ社会に銭湯が必要なのかを、自分の言葉で説明できるようにならなければならない」と感じ、その思いをX(当時はTwitter)へ投稿した。その投稿を偶然目にしたのが、小杉湯3代目の平松佑介氏だった。平松氏もまた、東急不動産との「小杉湯原宿」に関する協議の中で「なぜ銭湯が必要なのか」という問いに向き合っていた。
「Xで投稿を見ただけだったにもかかわらず、佑介さんが『原宿の店長はこの子だ』って言い出したらしくて(笑)。佑介さんの直感から、私と小杉湯原宿が始まりました」
平松氏と会話を重ね、関根氏は2022年4月に小杉湯が進める原宿出店プロジェクトの事業責任者として参画した。しかし、当時、事業性を重視するデベロッパーと、文化視点で銭湯を捉えてる小杉湯との間で考えに隔たりがあり、計画は難航していた。
「坪単価でどれだけ売り上げが見込めるのか」と商業的な価値を問われる一方で、長期的な「文化としての価値」を重視する銭湯の考えをうまく説明できず、平松氏が出店の取り止めを考える時期もあったという。
それに対し、関根氏は「『絶対に撤退したくない』と佑介さんに伝えました。『商業の時間軸と文化の時間軸は異なるから』という理由だけで諦めたくなかったんです」と振り返る。
平松氏に代わって、東急不動産とやり取りをする担当になった関根氏は、自身のスタートアップでの経験を生かして、プロジェクトを推進した。
「デベロッパーのみなさんは今期の目標値を抱えていますし、来年には異動があるかもしれません。テナント契約書に『銭湯』のひな形なんてありません。それだけ違う世界で事業を営んでいるんです。これまでの社会人経験を通じて、先方の気持ちが分かるから、先方と小杉湯の橋渡しができました」
関根氏は両社の橋渡しだけでなく、異業種から参入したからこそ、外部の視点として小杉湯側にも率直な意見を伝え続けた。
「銭湯業界では小杉湯は知名度が高いかもしれませんが、銭湯は斜陽産業であり、小杉湯は、まだ社会を大きく動かせるほどの存在にはなれていません。『分かってもらえない』と嘆くのではなく、先方の事情を理解して進める必要があるのではないかと話しました」
異業種で培った経験は、異なる価値観を理解し、双方の言葉を翻訳する力となって、前例のないプロジェクトを前へ進めた。関根氏は、商業と文化をつなぐ「橋渡し役」として、その役割を果たしたのだ。
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