現場では、1人のエンジニアが10人分ほどのアウトプットを出すケースも出てきた。こうした変化を人事がつかめなければ、評価や等級の見直しが後手に回り、モチベーションの低下や退職、採用難につながりかねない。技術部門を率いてきた木村氏が、人事のトップに異動したのは、現場の変化を最もよく知る立場から制度づくりに貢献できると踏んだからだ。
では、生産性が大きく伸びた社員の処遇をどうすべきか。基本給を変えずに、いきなり全員に「10倍」を求めるのは難しい。そのため、基本給で求める水準は段階的に引き上げ、当面は成果を出している社員にインセンティブで報いるべきだと木村氏はいう。
「今の『10倍』は、来年や再来年には当たり前になっている可能性が高い。ベースの設計も、すぐに始めなければならない」と木村氏は語る。同社は8月の決算説明資料でも、AIの実装と評価制度を一体で再設計する方針を示している。
社員の報酬を引き上げるには、その原資が要る。同社では、インフラのコスト、AIの利用料(トークン費用)、人件費の3つのバランスを、経営会議で頻繁に議論しているという。生産性が上がっても売り上げが伸びなければ、給与は上げられないからだ。
「私はCTO出身のため、インフラとAIのコストを分かった上で人件費も見られる。アドバンテージではあるが、これが正解というわけではない。情報を持ち寄れる組織構造になっていれば、同じことはできる」と木村氏は説明する。
重要なのは、現場の変革をけん引する部門のトップと人事のトップが、一緒に制度をつくることだという。例えば営業が中心の会社なら、人事が組む相手は営業のトップになる。
制度づくりと並んで欠かせないのが、社員への伝え方だ。AIを前提にした働き方では、今の仕事がなくなる可能性もある。メルカリでは早い段階から、経営がその可能性を社員に正直に伝えてきた。その結果、より上位の仕事に挑戦する社員が現れ、異動や越境で仕事の幅を広げる動きも生まれたという。
データ分析の担当者は、その一例だ。同社は、社内のデータベースについて自然言語で質問できるAIエージェント「Socrates」(ソクラテス)を開発した。
「今年と昨年の売り上げで、大きく変わったカテゴリーは何か」といった分析は、SQL(データベースを操作する言語)を書かなくてもできるようになった。依頼された分析をこなしていた担当者は、自らデータを分析して事業の方向性を提案するなど、経営に近い役割を担い始めているという。
メルカリも、まだ試行錯誤の途中にある。業種を越えて苦労や成功の知見を持ち寄れば、AIを前提にした組織づくりはより速く進むはずだ。その成否を分けるのは、経営と現場、そして人事が同じ方向を向けるかどうかなのかもしれない。
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