もう一つ考えたいのが「危機管理心理学」の視点です。
危機に直面したとき、人間は普段とは全く違う心理状態に置かれます。事業への影響、顧客への補償、従業員への責任、株主への説明、メディアからの厳しい質問。場合によっては警察や監督官庁への対応も重なります。次々と判断を迫られるなかで、いつも冷静で合理的でいられるとは限りません。
人は強いストレスを受けると、守りに入ったり、自分の判断を正当化しようとしたりします。危険を前にしたときの反応としては「闘争・逃走反応」がよく知られていますし、組織のなかで異論が出にくくなる「集団浅慮」(グループシンク)や、都合の悪い情報を小さく見積もってしまう「正常性バイアス」も、危機管理で押さえておきたい考え方です。
もちろん、こうした心理が実際に、今回のGMOの経営陣にも働いていたと判断できるわけではありません。ここで伝えたいのは、どれほど優秀な経営者でも、人間である以上、危機の心理的な影響を受け得るということです。それは能力や人格だけの問題ではありません。
だからこそ、危機管理には個人の冷静さに頼らない仕組みが必要になります。誰が情報を整理し、誰が経営者を支え、誰が対外発信を一歩引いて確認するのか。感情が大きく揺れたときに、どう判断をいったん保留し、何を優先するのか。こうしたことを有事になってから考え始めても、なかなかうまくは回りません。
危機管理心理学を学ぶ意味は、感情をなくすことではなく、感情が揺れても組織として適切な判断ができるように備えておくことにあります。そして、その訓練ができるのは基本的に平時だけです。
では、平時に何を準備しておけばよいのでしょうか。
まず、危機が起きたときにどんな情報を、どんな基準で経営者に上げるのかをはっきりさせておくこと。技術部門や法務部門がつかんだ情報が、部門のなかだけで止まってしまえば、経営陣は全体像を見ることができません。
次に、広報、法務、情報システム、リスク管理、経営企画といった部門が、平時から認識をそろえておくことです。例えば情報漏えいが起きたとき、技術部門は原因の究明を優先し、法務部門は未確定の情報を出すことに慎重になるかもしれません。広報部門は、顧客への説明を急ぐべきだと感じるでしょう。どれも筋の通った考え方です。困るのは、それぞれが違う優先順位を抱えたまま、調整がつかなくなることです。
だからこそ、経営者も加わった机上訓練や模擬記者会見が欠かせません。想定外の質問を受けたとき、経営者はどう反応するのか。担当者はその場でうまく補足できるのか。司会者は論点を整理できるのか。さらに、受付や撮影位置、資料の切り替え、質問者の指名といった運営面も、実際に体を動かして確かめておくべきです。
訓練で見つかった課題を記録し、直し、もう一度試す。その繰り返しのなかでようやく、有事に本当に動ける力が育っていきます。
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