質実剛健? 実は熱っぽく感性に響くクルマ――フォルクスワーゲン(1)
日本人の多くはフォルクスワーゲンという自動車メーカーを良く知らない。大衆車のイメージがあるが実は日本メーカーにはないユニークなポリシー、考え方のもとに多くの車を生み出している。そんな「知らなかったフォルクスワーゲン」の一面を紹介しよう。
前回に引き続き、クルマ雑誌とは違った視点で「知らなかったフォルクスワーゲン」を紹介していこう。
昨今話題となっている環境問題だが、ここにもフォルクスワーゲンらしい、日本メーカーにはないユニークなポリシーのもとでの取り組みが行われている。
我々は日本に住み、日本社会の中で、日本車の情報をより多く共有している。これらは生活に密着していることもあり、さほど車に興味を持っていない人でもある程度の情報は持っていることが多いはずだ。
たとえばハイブリッドエンジン。ガソリンエンジンと電動モーター/バッテリーを用い、積極的にガソリンエンジンを停止させることで燃費を改善するハイブリッドエンジンは、日米において”環境対策車”のホープとして認知されている。ハイブリッド車の実用化でもっとも進んでいるのはもちろんトヨタ。これにホンダが続く構図だ。
ところが欧州に目を向けると、現在、もっとも注目され、また販売の中心となっているのが排気をクリーン化した新世代の高性能ディーゼルエンジンである。日本でディーゼルと言えば、主にトラック用。しかも有害物質の粒子でもある黒煙を吐く、あるいは小型ディーゼルは音がうるさく、振動も大きく、エンジンも回らないといった負のイメージが強い。
しかし、たとえばフォルクスワーゲンのTDI(Turbocharged Direct Injection:フォルクスワーゲンのターボディーゼルエンジン向け燃料噴射技術だが、現在はこれを採用するエンジンそのものを指すことが多い)エンジンは、アウディR10に搭載され2006年からルマン24時間で2年連続ウィナーとなるなど、動力性能は大きく改善されている。加えて排気のクリーン化技術も進歩し、どの車もDPF(ディーゼル粒子フィルタ)は標準装備。黒煙を吐くディーゼルエンジンなど今や皆無だ。
TDIエンジンは同一技術を元にV型10気筒から3気筒までのバリエーションがある。たとえばゴルフクラスに採用される4気筒2リットルTDIの場合で170PS。しかも35.7kgmという3.5リッターガソリンエンジンに匹敵する最大トルクを1750〜2500回転という低く幅広い回転域で発生するのだ。
しかも、これだけのスペックを誇りながら、燃費は1リットルあたり17キロ。昨今の原油値上げによるガソリン価格の高騰を考えれば、軽油でリッター17キロも走るなら、今すぐにでも日本で発売してほしいという読者もいるだろう。実際、環境対策車として人気のハイブリッド車、トヨタ・プリウスと同等の燃費&燃料費に換算してみても、それよりもさらに”お得”だ。
燃やす燃料が少なくて済み、その上、パワーや走りの面で妥協する必要がないと来れば、日本人には今ひとつピンと来ないディーゼルエンジンが欧州で大人気というのも納得だろう。すでにフランスをはじめ、スペイン/ベルギー/オーストリア/ポルトガルなど欧州各国では販売される車の7〜8割がディーゼルとなっており、欧州全体でもディーゼルが5割以上の普及率を確保。ゴルフだけを取り上げた場合も半分がTDI搭載モデルというのも納得できる。
ではフォルクスワーゲンは、なぜTDIを日本市場に投入しないのだろうか。同社は2009年にTDI搭載車を日本市場で販売する予定としているが、1998年の初代TDI以来、日本での販売実績はない。
そもそも欧州がディーゼル、日本がハイブリッドと、異なる道筋で環境対策の道を歩んだのには理由がある。ディーゼルは燃費の点で大変に優秀で、二酸化炭素排出量の面でも比較的渋滞のない環境下ではハイブリッドよりも少ない。
しかしストップ&ゴーや渋滞の多い日本の街中を想定した場合、1リットルあたりの走行距離という面での優秀性は残るものの、二酸化炭素排出量はハイブリッドよりも多くなる。つまり環境対策車として考えた場合、使われるシーンによっては環境対策車としてはプラスにならない可能性が出てくる。
日本におけるディーゼルエンジンに対するイメージの悪さ(うるさく、振動が大きく、低パワーで煙を吐く)を払拭するには、あまりに味方が少ない(国産メーカーはいすゞを除き、ディーゼルエンジン技術で大きく欧州から後れを取っている)という事情もあるが、フォルクスワーゲンをはじめとする欧州メーカーがディーゼル搭載車種の投入に二の足を踏んでいるのは、日本という環境においてどのようにディーゼルを提案するかを模索していたからだ。そしてやっと今年、2009年の投入を発表したという段階なのだ。
しかし、フォルクスワーゲンもガソリンエンジンで燃料消費を抑える技術開発は行っている。これは同社が”ひとつの技術・燃料に偏らない”という方針を現時点で採っているためだ。その最大の成果と言えるのが、今年初春に発売されたゴルフGT TSIに搭載されたTSIエンジンである。
TSIは1.4リットルという小排気量の直噴エンジンを基礎に、スーパーチャージャーとターボチャージャーを組み合わせ、常用回転域での力強さと高速走行時の伸びやかさを両立させたエンジン。回転域ごとに適した過給器方式を用いることで、燃費とパワーの両方を得ている。
1.4リットルながら出力170PSに達するTSIは、2リットル自然吸気はもちろん、2.4リットル自然吸気エンジン並と称される爽快なパワー感と扱いやすさ。一度、試乗して体感してしまうと、排気量などの頭の中からすぐに消えてしまう気持ちの良いエンジンだ。
それでいて燃費は、ゴルフGTの場合で1リットルあたり14キロ(10・15モード燃費)。実際に走ってみても、リッター14キロ以上はさほど気を遣わず普通に出てしまう。ちょっと燃費に気を遣えば、田舎道を走り回って20キロ近くなんてことさえある。
実はこの好燃費にはDSGという、ボルグワーナーとフォルクスワーゲンが共同開発したオートモード付きシーケンシャルマニュアルトランスミッションの賢くロスの少ないシフト制御も大きく寄与している。
DSGは2つのクラッチを持ち、奇数ギアと偶数ギアを異なるクラッチに連結。交互にクラッチをつないでいくことで、素早くつながりの良いシフトを行う。ドライブモード時、DSGはアクセル開度に合わせて最適なアクセルとクラッチの制御、ギア選択を行う上、トルクコンバータによるロスがないため、ダイレクトな運転フィールと高い燃費性能も引き出せる。
2008年以降、EUは各メーカーが販売する新車の平均二酸化炭素排出量を1キロあたり140グラム、燃費換算でリッター16.4キロ以下とする目標値を設定している。あくまでも目標値だが、TSIの開発はそこに向けての試金石とも言える技術だ。
TSIには140PSの低馬力バージョンもあり(※現行モデルではゴルフトゥーラン TSI トレンドラインに設定)、来年には日本にも新型の7速DSGと組み合わせ、ハイブリッドカーを超える高燃費車を投入する予定。実に着々とガソリンエンジン車の燃費対策を進めている。
【編集部注】上記部分※の初出で「実はTSIには140PSの低馬力バージョンも存在(日本では未投入)」となっていました。お詫びして訂正いたします。
大半がディーゼル車となってきた欧州の大衆車メーカーが、なぜこのように複雑で技術的な挑戦課題の多いツインチャージャーエンジンを開発、実用化したのだろうか?実はこの部分にこそ、フォルクスワーゲンらしい合理的なエネルギー戦略がある。
次回は、“トータルでの環境負荷”という考え方など、フォルクスワーゲンのエネルギー戦略について総括してみたい。
テクノロジーを起点に多様な分野の業界、製品に切り込むジャーナリスト。記事執筆、講演の範囲はIT/PC/AV製品/カメラ/自動車など多岐に渡る。Webや雑誌などで多数連載を持つほか、日本経済新聞新製品コーナー評価委員、HiViベストバイ選考委員などをつとめる。専門誌以外にも、週刊東洋経済にて不定期に業界観測記事を執筆。現在の愛車はブルーのGOLF R32。
車歴:ファミリアINTERPLAY DOHC、レガシィ・ツーリングワゴンGT-B、ステージアRS Foure-V、レガシィB4 RSK、GOLF R32
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