南アフリカにはハイエナの仲間が3種類生息している。ブチハイエナ、カッショクハイエナそしてアードウルフだ。
このうち最も広範囲に分布しているのがブチハイエナで、一般的に「ハイエナ」と言うとこの種を指す。一見するとイヌ科動物のように見えるが、実はイヌとはまったく関係がない。むしろマングースの仲間と共通の祖先を持ち、中新世(約2300万年から530万年前)ごろに分化したと考えられているそうだ。
ハイエナという動物には、何かにつけて悪いイメージが付いて回るような気がする。さまざまなテレビ番組で、死肉を食らうものだとか、チーターの獲物を横取りする卑劣なヤツなどという、ネガティブな取り上げられ方をすることが主な理由だ。
これに追い討ちをかけたのがディズニーのライオンキングという映画だ。あの中でハイエナは、残虐非道な動物として描かれている。どうせただのアニメだろと思われるかもしれないが、そのただのアニメしか見ない人間がいかに多く、まともなドキュメンタリー番組の視聴率がいかに低いかを考えると、その影響力は絶大なのだ。
サファリに来た観光客がハイエナを見て、「あれは悪い動物なんだよ」などと本気で言っているのを聞くとうんざりさせられる。野生動物を擬人化し、そこにアメリカの勧善懲悪主義を当てはめるのは過ちだと私は考える。自然界には善も悪も存在しない。ただすべての生物が必死に生きているだけなのだ。
確かにハイエナは、チャンスがあれば死肉をエサにするし、チーターの獲物を横取りもする。しかし、それはハイエナに限った事ではない。ライオンだって他の肉食獣の獲物を奪い取るし、ジャッカルも死肉を食べる。チャンスがある時に、食えるものを食っておかなければ生き残れないほど、彼らの世界は厳しいのだ。しかも、地上性の大型肉食獣が、死んだ動物の肉だけで生きていけるほどアフリカのサバンナは甘くない。命の終わりを迎えた動物は、常に空高くから見張っている、目ざといハゲワシたちによって、真っ先に始末されてしまうからだ。
ブチハイエナは、アフリカ大陸に生息する大型肉食獣の中で、最も個体数が多い。つまり彼らはそれだけ優秀なハンターなのだ。走るスピードは決して速くないものの、狙った相手が疲れ果てて動けなくなるまで追い詰める持久力を持っている。彼らはまた、骨をも砕く強力な顎と、その骨を消化できる胃袋を持っている(さすがに大型草食獣の大腿骨や頭骨は無理のようだが……)。アフリカの肉食獣の中で、獲物をもっともきれいに「残さず食べる」のは、何を隠そうブチハイエナだ。
私はフィールドでブチハイエナに出会うのが楽しみだ。1日の大半を寝て過ごすネコ科のライオンなどと違い、比較的活動的なので、写真を撮りやすいのだ。また、巣穴で子育てをする母親の姿は愛情に満ちているし、子どもはとてもかわいらしい。
南アフリカのクルーガー国立公園やカラハリ砂漠では、ひとつの巣穴を何年にも渡って利用するので、一度場所を見つけてしまえば同じメスに繰り返し会える。ああ、今年も子どもを生んだんだね、などと勝手な親近感を抱いてしまうのだ。被写体としてのブチハイエナの唯一の難点は、腰から後ろが妙に貧弱に見える点だろうか。走る姿もさっそうとはいいにくく、何かみすぼらしい印象を受けてしまうのだ……。
山形豪(やまがた ごう) 1974年、群馬県生まれ。少年時代を中米グアテマラ、西アフリカのブルキナファソ、トーゴで過ごす。国際基督教大学高校を卒業後、東アフリカのタンザニアに渡り自然写真を撮り始める。イギリス、イーストアングリア大学開発学部卒業。帰国後、フリーの写真家となる。以来、南部アフリカやインドで野生動物、風景、人物など多彩な被写体を追い続けながら、サファリツアーの撮影ガイドとしても活動している。オフィシャルサイトはGoYamagata.comこちら
【お知らせ】山形氏の新著として、地球の歩き方GemStoneシリーズから「南アフリカ自然紀行・野生動物とサファリの魅力」と題したガイドブックが出版されました。南アフリカの自然を紹介する、写真中心のビジュアルガイドです(ダイヤモンド社刊)
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