野生動物写真は、当然ながらそのほとんどがアウトドアでの撮影となる。つまり自然光が主な光源だ。昆虫は別にして、大型哺乳類や鳥類など、相手までの距離がどうしても長くなりがちな被写体相手だと、ストロボなど人工光源を使う機会は決して多くない。しかし、滅多に使わないと知っていても、いざという時にないと往生する機材でもあるので、私はニコンのスピードライト(ニコンではストロボをこう呼んでいる)「SB-800」と「SB-910」の2台を持ち歩いている。
では、どのようなシチュエーションでいかにストロボを使うのか。まずは最も当たり前な使い道。すなわち日没後や、ほら穴の中など、自然光のない環境に被写体がいる場合だ。
夜行性動物は日中は表に出てこないので、彼らを撮るにはどうしても明かりが必要になる。大抵はボディのアクセサリーシューにクリップオンした状態で使用している。お手軽なこの方法にはしかし、ひとつ大きな問題がある。レンズの光軸とストロボ発光部が近すぎて、被写体の目がどうしても「赤目」になってしまうのだ。
特に夜行性動物は目が大きいのでこれが顕著になる。解決策はブラケットなどを使って、レンズからなるべく発光部を遠ざけることなのだが、セッティングが大げさになって機動力を奪われる上、シンクロコードやブラケット自体が色々なものに引っかかったりして危険でもあるので、あまりよいオプションではない。従って、夜行性動物に関しては記録写真的なものになることを覚悟の上で撮影することが多い。
しかし、ごくまれにスタジオ撮影のごとく入念なセットアップをして撮影に臨める状況が発生する。それは相手の行動が予測可能な場合、つまり巣穴の場所が分かっていたり、いつも通るルート(獣道)が決まっている時などだ。
この写真のケープギツネがそうで、エサを探し回る際に通るルートが分かっていたので、そのルート脇の地面にカメラを置き、ストロボを2台、それぞれ三脚に載せて、カメラの左右斜め後にセットした。さらに、キツネの進行方向からの光をより強めにした。こうすることで赤目の心配をなくすだけでなく、背景を含めてシーン全体に満遍なく光をまわして臨場感や立体感をだすことができた。
ちなみにこの撮影に使用したボディはD700で、現行のD800同様、ペンタプリズム部にフラッシュが内蔵されている。この一見大して役に立ちそうにもないちっぽけなストロボがその実とても秀逸で、ワイヤレスで他のスピードライトを複数台コントロールできるコマンダー機能を有しているのだ。外付けのコントローラーなしに多灯調光を可能にしてくれるこの機能は大変重宝する。
ストロボを必要とするのは何も夜間の撮影だけではない。日中でも有用な場面は結構、訪れる。いわゆるデイライトシンクロ(日中ストロボ)というやつだ。アフリカの現場では、晴天時に木陰にいる被写体に対して用いることが多い。光が強烈過ぎて日向と日陰の輝度差がものすごく激しいため、両方を適正露出で撮影するのがそのままでは不可能だからだ。また、陰にいる動物を撮ると、どうしてもコントラストが低く青白い絵になりがちなので、色を引き出す手段としても有効だ。
逆光時にもデイライトシンクロを用いる。例えば、木の枝にとまっている鳥は、太陽を背にしていることがしばしばで、そのままではただのシルエットになってしまう。これを回避するために強めに光をあてるのだ。そして最後に、ポートレート撮影時だ。ポートレートは目が命というが、目の表面に光の反射があるとないとでは、被写体の「生命感」がまったく違って見える。そこで、相手の目に意図的にキャッチライトを入れることで、より生き生きとした表情になるわけだ。
以上のように、昼夜を問わず意図的に光を加えることで、撮影の幅は大きく広がる。特に昨今のストロボは、一昔前にくらべて高性能で、複雑な調光を自動で行ってくれるし、出力(ガイドナンバー)も大きい。スタジオでの撮影のように細かなセッティングやコントロールができない状況であっても、あるとないとでは結果に大きな差が生まれるので、かさ張りはするが、持っていないと後悔する機材のひとつだ。
山形豪(やまがた ごう) 1974年、群馬県生まれ。少年時代を中米グアテマラ、西アフリカのブルキナファソ、トーゴで過ごす。国際基督教大学高校を卒業後、東アフリカのタンザニアに渡り自然写真を撮り始める。イギリス、イーストアングリア大学開発学部卒業。帰国後、フリーの写真家となる。以来、南部アフリカやインドで野生動物、風景、人物など多彩な被写体を追い続けながら、サファリツアーの撮影ガイドとしても活動している。オフィシャルサイトはGoYamagata.comこちら
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