「それは神様のおかげです?」女性システム管理者の憂鬱、番外編(4/4 ページ)

» 2006年12月14日 08時30分 公開
[高橋美樹,ITmedia]
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ドメインの神様は見ていた

 結局、それから半年後、拠点内の全PCをWindows 2000に入れ替えすることになった。これにともない、モデルとなるPCイメージ作成時点で、ドライブのNTFSアクセス権を最初から拠点ユーザーに絞る対策をとった。

 また、一般ユーザーは自身のドメインユーザーアカウントでログインするため、ローカルのAdministratorのパスワードをシステム管理者側で決めてしまおうということになり、ある法則性に則ったパスワードを設定した。その結果、システム共有を乗っ取るためAdministratorの安易なパスワードを辞書攻撃してくるボットネットの被害にも遭わずにすんだ。

 あとは、そのころクローズアップされてきた、毎月のように発見されるOSの脆弱性の対策をいかにシステム化するか、というかなり手ごたえのある問題が残されていた。しかし、いいところでわたしは拠点の管理者から本社のActive Directory(AD)担当へと異動になってしまった。

 しかし正直なところ、最後までやり遂げられない悔しさよりは、ようやく泥臭い現場を抜けられたという安堵感が先にたっていた。原因不明のネットワーク異常から始まり、どうもウイルスらしい、定義ファイルも対応していない、対策は不明で手の施しようがない、仕事にならないというユーザーからの電話がじゃんじゃん鳴っている、そんなパニックとはもう縁がなくなるのだ、そんな解放感でいっぱいだった。それなのに……。

 わたしの配属が予定されていたADプロジェクトはスタートが先延ばしとなり、わたしはとりあえずメールシステムの運用担当となった。UNIXの勉強をし直し、これもスキルの幅を広げるいい経験とはりきっていたところ、数カ月でまたプロジェクトの再編成があり、わたしはADとウイルス対策ソフトを担当するプロジェクトへと異動となった。

 そして、さらにその4カ月後、グループ企業内のセキュリティ強化のため、情報システム部内に新たにセキュリティ部門が立ち上げられ、なんとそこにまた異動を命じられたのだ。現場対応を経験している上、現役のウイルス対策ソフト運用担当であるという理由で。そしてそこでは修正プログラム自動配信システムのメイン運用担当に任命されてしまう。

 200人のユーザー管理から解放されてから一年、今度は数万人に影響を与えるシステム運用へとパワーアップした現場へとわたしは引き戻されたのであった。もちろんウイルス発生時や修正プログラムのリリース直後は、サポートデスク経由で全国からクレームや問い合わせがじゃんじゃん寄せられる。

 ユーザー管理の最前線から逃げようとしたわたしに、ドメインの神様から厳しい制裁が下ったのだった。

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