「自ら考え、切り開く社員」を育てる方法職場活性化術講座

「自ら考え、切り開く社員」が増えることは、きっと将来の業績にも好影響をもたらすだろう。しかし、それなりの施策が必要になることは言うまでもない。

» 2009年04月05日 07時54分 公開
[大西高弘,ITmedia]

トップの入社式の訓示

 この4月に入社した新入社員に向けた企業のトップ訓示を見てみると、多くの企業のトップは、自ら考え、行動する社員を求めていることが分かる。そして願わくばその行動が企業の未来を切り開くものであって欲しいということになるようだ。

 「たとえ若い社員でも、自律的に行動してもらいたい、そのためには指示通りに動くだけでなく、自分で考え、判断し、行動する習慣を持て」というメッセージは、別段新しいものではない。ただしかつては入社5年以上でそろそろ主任、係長といった役職が視野に入ってきた若手社員に向けられることが多かったのではないだろうか。後輩の社員が増え、仕事の面でもまとめ役に回るようになると、そうしたお説教をされる。ところが最近ではこの説教がまさにこれから社会人としてスタートする新入社員に向けられる。新入社員に何を求めるかと聞かれたとき、20年前は一も二もなく「バイタリティ」を真っ先に挙げる経営者が多かった。

 しかし時代は20年前と大きく変わっている。たとえ新入社員であろうとバイタリティだけでは物足りない、というのが企業の本音だろう。よく就職活動中の大学生が「企業の本音を知りたい」といったことを言うが、各トップの入社式の訓示にも本音は見え隠れしている。不況だからといって採用を極端に手控えると、業務の継承がスムーズにいかないし、チームワークで仕事をする経験を持たない人材が増えてしまう。だから何とか予算編成をするが、1人あたりの採用にかかわるコストはバカにならない。この上3年で辞められては、投下した資金を一切回収できないことになる。今の時代、バイタリティだけを発揮してもらってもまだ足りない、というのが本音なのだ。だから少しレベルが高いかもしれないが、「頭を使って行動せよ」とハッパをかける。

今年も始まる「教育係」の選定

 入社式で社長が話したことなど、すでに多くの新入社員が忘れているかもしれない。もしかしたら話したご本人もすっかり記憶から消えているかもしれない。社長や役員はそれでいいかもしれないが、新入社員を職場に受け入れ、まずは仕事を覚えてもらわなければならない現場のマネジャーはこれからが本番になる。「自ら考え行動する? まずは余計なことは考えなくていいから。とにかく言われたことをしっかりできるようになってね」そんな本音を新入社員にぶつけることのできるマネジャーはかなり少数派になっているだろう。彼らと常に行動し仕事の基本動作を教える教育係を慎重にマッチングしなくてはならない。そこで、はたと重要なことに気付くマネジャーは多いはずた。

 「果たしてウチのスタッフはみんな『自ら考え行動する』社員といえるか」。そして「自分自身、『自ら考え行動する』マネジャーだろうか」。

 胸に手を当てて考えてみて、ここで否定的な結論が出るかもしれないが、落ち込んでいる暇はない。少しでも前向きに新人教育に取り組むためにこんな試みはどうだろう。「メンター」の役割を利用する方法である。

リーダーを育てるメンター制度

 メンターというのは、ギリシア神話に登場するメントールという人物を由来としており、1980年代に日本でも有名になった。仕事上のアドバイザーでもあり、人生の師匠のような役割も果たす先輩格の人物だ。人生の師匠などというと大げさだが、広い解釈がされていて、「いざという時に頼りになる相談相手」のような存在としても知られている。

 日本メンター協会は企業内の制度としてメンターを活用する際のコンサルティングを行っている。同協会の戸山孝氏は次のように話す。

 「企業内に制度して導入する場合は、いろいろな解釈がされています。メンターというと相当の年長者で、地位も高い人が想像されますが、入社5年程度の社員がメンターとなり、新入社員をメンタリングを受ける立場、メンティーとして設定するケースもあります。メンター制度を導入する企業によって形態はさまざまで、部長クラスの人と新人ということもあるし、中堅社員と役員クラスの人というマッチングもあります」

「誰がメンターになるかはいろいろなケースがある」と語る日本メンター協会の戸山孝氏

 教育係というと、さまざまな仕事上の手順を教えて後は知らんふりだったり、教える側が高圧的になってしまいうまくいかないケースもある。また教育というより新人に仕事を押しつけて終わり、ということでは後々チームの不協和音の元になりかねない。人生の師とまではいかなくても、教育係のスタッフにはメンターとしての役割を課すことで、形式的な関係以上の結束力が生まれる可能性もある。

 戸山氏はメンター制度を導入する企業の本当の狙いについて、次のように話す。

 「メンター制度の導入は、メンターになる人の成長を促す効果があります。メンティーに対して分かりやすく言いたいことを伝える能力やメンティーの考えを受け入れる人間的な幅を養うきっかけにもなります。実は企業が制度としてメンターの養成を取り組むきっかけは、マネジメントレベルを上げてリーダーを育てるという狙いもあるのです」

きっかけを強引に作ってしまう

 ほとんどの企業がメンター制度を取り入れているわけではない。そこで制度として取り入れている企業の現状を聞いてみると、ほとんどの企業で離職率が下がっているという。また、人事考課上でメンターとしての役割を評価項目としている企業もあるという。

 「会社の制度として導入しないとダメだということではありません。しかし、制度として導入することで、就業時間中でもメンターとメンティーが話をしていても問題にはならないし、分からないことや悩んでいることがあれば、相談して解決していくという暗黙のルール、習慣を組織の中に醸成するきっかけを作れます。良き伝統を築くベースができるわけですね。最初はメンター、メンティーといっても、どうすればいいのか分からない。そのために質問シートを提供することもあります。いかにも堅苦しい印象がありますが、スタートだけは形式にこだわることも大切です」と戸山氏は言う。

 確かに、「教育係」ではなく「メンター」として新入社員に接しなさいと言っても具体的にどうすればいいのか分からないケースが多いだろう。仲良くなるなら少しぐらい経費も使って、と酒席を設けても、それで互いに相手のことが分かるとは限らないし、「飲み友達」になってもらうのが目的ではない。ならばいっそのこと、箇条書きの質問で強引に情報を得るのも方法だろう。

共に成長しあう関係ができるか

 仕事や人生においての師匠、またそこまではいかなくても、何かと相談したくなる先輩といった存在は会社の制度の中で作るものなのだろうか。そんな違和感を持つ向きもあるかもしれない。戸山氏はその違和感はもっともなものだと言う。

 「そもそもメンティーにとってメンターは『あの人のようになりたい』とか『尊敬できる人だな』と心から思える人です。たまたま同じ会社の同じ部署になった先輩に対してそんな感想は持てないかもしれない。しかし、ギスギスしたものになりがちな組織内での人間関係を良好なものにしていくという意味で、制度として導入する効果は計りしれないものがあります。また制度にはなっていなくても、メンターとメンティーという関係について理解し、両者が成長していくことを目指すという気構えはこういう時代にはますます重要になってくると思います」

 単純に「教育する側、される側」という関係から脱し、少しでも意味深い関係になることは口でいうほど簡単なことではない。戸山氏の言うとおり、最初は制度の中で人口的に作られた「師匠と弟子」の関係も、時間をかけることで本物に近づいていく可能性は少なくない。そもそも尊敬される人物は「自ら考え行動し、何かを切り開いた人」のはずだ。

 そして、部下に「新入社員のメンターとなれ」と指示するマネジャーの中には、「自分は誰かのメンターとなり得ているか」「そもそも自分にメンターというべき人はいるか」といった思いをよぎらせる人もいるだろう。そんな振り返りの時間もフレッシュマンが会社を歩きまわる季節ならではの出来事かもしれない。

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