味の素ファインテクノ 電子材料事業部は、早期段階から「高性能CPU」に特化して事業を展開してきた。その中で重視したこととは――。
2012年にポーター賞を受賞した企業を取り上げ、各社のユニークな戦略について、ポーター賞の運営委員会メンバーである一橋大学大学院 国際企業戦略研究科の大薗恵美教授に解説いただく連載企画。第2回は、味の素ファインテクノだ。(第1回:慣習にとらわれるな! “業界初”を打ち出し続けるクレディセゾン)
味の素グループの1社である味の素ファインテクノは、大きく「電子材料」「機能化学品」「活性炭」という3つの事業から成ります。今回ポーター賞を受賞した電子材料事業部(AFT)は、PC用の高性能CPUに向けたパッケージ基板のための層間絶縁フィルム製品である「Ajinomoto Build-up Film(ABF)」に特化した開発を行っています。
半導体向け絶縁材料を提供する企業は、味の素ファインテクノのような専門領域に特化した小規模企業のほか、中規模の化学専業企業、多角化した大規模化学メーカーに大きく分類されます。彼らの直接的な顧客は基板メーカーですが、供給業者の選定にはグローバルなCPUメーカーが大きな影響力を持ちます。従って、最大手CPUメーカーが2年ごとにモデルチェンジするたびに納入業者が入れ替わります。実際、1993年から97年までは別々のメーカーの絶縁材料が採用されていました。ところが、99年以降は7モデル連続でAFTが選ばれ続けており、現在、高機能CPUにおいては世界で100%のシェアを占めています。
また、昨今のスマートフォンやタブレット端末の普及に伴い、こうしたモバイルデバイスでもハイスペックなCPUが求められるようになったため、ABF採用の幅は広がっています。
このようにAFTが競合他社に勝ち続ける理由は何でしょうか。
AFTの戦略上の特徴とは、(1)何をすべきかが明確であること、(2)徹底して自社の強みを絞り込んでいること、(3)独自のバリューチェーンを構築していること、の3つだと考えています。
それでは、具体的に見ていきましょう。
まず(1)についてです。戦略における1つの考え方として、“How”(どうやるか)を考える前に、“What”(何をするか)を決めるということが大切です。Whatが曖昧のままHowをいくら追求しても、経営の力が分散してしまうだけです。特にリソースが限られている中小企業にとってはなおさらです。その点でAFTは、Whatを明確にしたことによって最大の効果を上げている優れた例だといえるでしょう。
Whatを決めることが(2)につながります。AFTの強みは、絶縁素材、ハイエンドCPU、フィルム形状、ワニス(絶縁材料のベースとなる樹脂組成物)に特化している点です。
例えば、なぜAFTはローエンドのCPUもターゲットにしないのでしょうか。彼らの技術力をもってすれば決して難しいことではありません。もしAFTの経営目標が売り上げ規模であれば、市場の大きいローエンド向け製品も視野に入れる可能性はあるでしょう。しかし、仮にそうだとしても、自分たちがその分野で特別強いということでなければ、あえてその市場を無視することは経営判断として十分にあり得ることです。また実際には、AFTの現在の利益率の高さを見ると、恐らくローエンド向け製品を安売りし、自社の利益率を下げてまでやることに意味がないと考えているのではないでしょうか。
(3)について、AFTのバリューチェーンのユニークな点は、あくまでも特化するのはワニスの研究開発と製造であり、ワニスの原料である樹脂などの化学製品の開発や、ワニスを製品とするためのフィルム化などは、基板メーカーをはじめとするビジネスパートナーと連携していることです。具体的には、AFTから出荷されたワニスはフィルムメーカーによってフィルム形状のABFに製造されているのです。
すべてを自社だけで行うのではなく、それぞれの分野で得意とする企業と組めばいいという発想です。AFTはワニスに特化するが故に、産業集積の中のビジネスパートナーと緊密な関係を構築することに注力しているわけです。それぞれの段階で必要とされるニーズをくみ取り、そこからのフィードバックを得てワニスのさらなる研究開発に反映しているのです。フィルム形状のアイデアも基板メーカーとのコミュニケーションから生まれたそうです。
先に述べたように、ほかにも競合となる化学メーカーは幾つも存在し、AFTと同じように産業集積を生かすチャンスがあったはずです。彼らに対してAFTが勝った点とは何でしょうか。
1つには、早い段階でビッグピクチャーを描き、自分たちの強みが最も生かせるセグメントはPC用の高機能CPUであると絞り込んだ点にあります。フォーカスポイントがグラグラしていると、どのビジネスパートナーの意見を優先すればいいのか分からず、開発や製造に対する方針が定まりません。この典型的なビジネスケースが、クレイトン・クリステンセン教授が書いた「イノベーションのジレンマ」でも紹介されている、米Hewlett-Packardのハードディスクドライブ「キティーホーク」にまつわるエピソードです。
AFTは早期にターゲット顧客や狙うべきセグメントを決めていたので、ビジネスパートナーとのかかわり合い方が当初から明確になっていたのだと考えられます。
また、このような絞り込みが可能だったのは、事業を多角展開する味の素のグループ企業だったことも無関係ではありません。現にワニスの基礎研究は味の素のバイオ・ファイン研究所で行われていますし、絶縁材料の技術は味の素の組織の中で長年にわたり温められてきました。業績が悪い時には当然、研究開発はプレッシャーを受けて予算削減されたりするものですが、そうした中で守り続けてきた経営リーダーが技術サイドにいたことで、ABFが結実したといえるでしょう。
AFTは、ビジネスの方向性を決める際には、自社が持つ技術の強みが最も要求されるセグメントだったり、顧客の市場構造だったりを細かく分析している一方で、現場はまさに技術者集団と呼ぶにふさわしい雰囲気です。技術力だけを武器に業界構造を無視して突っ走っても努力が水の泡になってしまうし、ビジネスマインドだけあっても駄目なのです。このように、ビジネスマインドと技術者マインドが両立しているのが重要で、これがAFTの組織のユニークさなのだといえるでしょう。
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