JR西日本の和歌山支社が、南海トラフ巨大地震とそれにともなって発生する可能性がある津波への対策として、VRシステムを使った訓練を導入する。運転士を中心に、乗務員にリアルな疑似体験を繰り返して対応力や判断力の向上を図る。
JR西日本 和歌山支社(以下、和歌山支社)が、南海トラフ巨大地震に備えた訓練を行うVRコンテンツを導入することを明らかにした。KDDIが制作した「VRによる災害対策訓練ソリューション」を利用する。
和歌山支社が今回導入するのは、HTCのVRゴーグル「HTC Vive」と専用PCを使用し、運転士が訓練するためにカスタマイズした構成。2017年4月以降、順次運用を開始する。KDDIによると、「鉄道会社の運転士を対象に、VR機器と実写VR動画コンテンツを活用した津波などの自然災害対策訓練の商用化事例としては、日本で初の取り組み」だという。
南海トラフ巨大地震は、約90年から約150年間隔で発生している、東海・東南海・南海エリアが震源域になると想定される地震。内閣府が2013年に発表した南海トラフ巨大地震対策についての最終報告によると、今後30年で発生する確率は60〜70%にも上る。和歌山県が2013年3月に公表した、南海トラフ巨大地震の想定では、地震の規模がマグニチュード9.1、最大津波高は8メートルから19メートル、最短津波到達時間は津波高1メートルで3分とされている。これを前提に、津波浸水域を明示したハザードマップの公開や、津波避難先の見直し、津波から逃げるための支援プログラムの策定など、さまざまな対策が各所で進められている。
JR西日本管内の和歌山県和歌山から、JR東海が管轄する三重県の亀山までを結ぶ、総延長384.2キロのJR紀勢本線の中でも、和歌山支社が管轄する和歌山駅−新宮駅間(きのくに線)の約200キロは、海沿いを走る区間も多く、南海トラフ巨大地震が発生した場合、およそ3分の1にあたる約73キロが津波によって浸水すると想定されている。特に新宮駅から白浜駅のエリアには、5分以内に10メートルを超える津波が押し寄せるとされており、津波が発生した際など、いざというときの乗客の避難誘導や乗務員の安全確保は、喫緊の課題となっている。
津波への具体的な対策として和歌山支社では、電車内に、ドアを開けて車両から線路に降りるためのはしごを用意したり、特急電車内に避難について4カ国語で解説したリーフレットを常備したり、浸水が予想される地域の架線柱には、最寄りの避難場所や避難棟までの矢印を貼り付けたりといった施策を進めている。
乗務員に対しては、定期的に災害対策訓練を実施し、座学やディスカッションなどを通して、乗務員の判断力向上へ向けた取り組みを行っている。しかし、実状に近い訓練を行うのは難しいという課題があった。VRコンテンツは、訓練をより実際の状況に近い環境で実施するための取り組みだ。コンテンツは、「最適行動の演習コンテンツ」と「地震&津波発生体験」の2つが用意されている。
訓練は、指導者と運転士が一組で行う。HTC Viveを頭に付け、コントローラーを両手に持ち、加速と減速を制御して列車の停止や移動を行う。運転士の視界はディスプレイなどで指導者や他の参加者に見える。
最適行動の演習コンテンツでは、走行中の状態で、任意の場所で指導者が緊急地震速報を発報させる。すると、運転士は数分の間に、「すぐに電車を止めるか、浸水しないエリアまで走り続けるか」「どこに電車を止めるか」「停車後乗客をどこに誘導するか」などを判断する。訓練中の画面では、沿線に設置された避難場所を示す矢印がはっきり視認できるほか、津波が押し寄せた場合どこまで水が来るか(浸水深がどれくらいになるか)などを確認できる。まずは新宮駅−串本駅間の43キロ分で制作されているが、今後串本駅−和歌山駅間など、他のエリアにも広げたい考えだ。
地震&津波発生体験では、紀勢線の実際の橋りょう付近で撮影した映像を元に、津波発生時の状況がCGで再現されており、車内の状況を疑似体験できる。
訓練後には参加者同士でどうするべきか議論したり、ログを確認して後から検証をしたりもする。西日本旅客鉄道 和歌山支社安全推進室 室長代理の堺伸二氏は「実際の地理と津波を想定しながら、緊張感を持って訓練ができる」とVRでの訓練に期待を見せた。新宮列車区と紀伊田辺運転区に所属する約70人の運転士が、1年間に1人あたり2回以上訓練が実施できるようにプログラムを組むという。
今回のVRによる災害対策訓練ソリューションの導入には、コンテンツ制作とシステム全体でおよそ2000万円程度の予算を投入しているというが、JR西日本の他の路線への展開なども検討していく。和歌山支社が他のエリアに先立ってこのソリューションを導入した背景には、津波対策に対するプライオリティの高さがあるという。
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