離島の患者を「ホログラム」で診察 MSと長崎県の遠隔医療システムは未来の医療をどう変える?Microsoft Focus

高齢化や医療の過疎化が進むへき地や離島に専門医療を提供する――。MicrosoftのクラウドやAI、MRの最新技術を使った遠隔医療の取り組みが、離島の多い長崎県で進んでいる。高精細な映像を使ってリウマチ患者を診断でき、医師も患者も長距離を移動せずに済む。日本マイクロソフトの幹部が「世界初では」と語る取り組みは、遠隔医療をどう変えるというのか。

» 2021年03月15日 07時00分 公開
[大河原克行ITmedia]

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 日本マイクロソフトは2021年3月2日、長崎大学および五島中央病院、長崎県、長崎県五島市と、「次世代オンライン遠隔医療システム」の開発、運用などで連携すると発表した。

 長崎大学は、日本マイクロソフトらと協定を結び、関節リウマチ患者を対象とした遠隔診療の実用化に向けてMixed Reality(MR:複合現実)技術を活用した長崎大学関節リウマチ遠隔医療システム「NURAS」(Nagasaki University Rheumatoid Arthritis remote medical System=ニューラス)を開発した。専門医過疎地域である離島やへき地などの患者が、リウマチ専門医による高い精度の遠隔医療を受けることが可能になる。

 長崎大学病院と五島中央病院において実証実験も開始した。実証実験で得たノウハウや経験を広く共有し、他の疾患でも活用可能にすることで、患者の通院リスクや移動を減らし、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の感染拡大防止にも貢献する狙いだ。

長崎大学の河野 茂氏(学長)

 長崎大学の河野 茂氏(学長)は「従来のテレビ電話やWeb会議システムを用いても遠隔医療は可能だが、平面の映像だけでは観察や類推しかできない。関節リウマチ診療に不可欠である関節を中心とした病変部位を、正確に評価することは困難だった」と話す。

 NURASは、高精度な立体映像によって遠隔診療を可能にする。患者だけでなく医師の移動に伴う負担を軽減することで、医療現場の働き方改革にもつなげる。

 「今後は、遠隔医療ができる病院も広げたい。5G(第5世代移動通信)技術を使い、さらに精細で、スムーズな映像を使えるよう期待もしている。外科手術にも利用できるようになるだろう。(遠隔医療の)次のステージに向かう途上には多くの規制があるが、新たな技術を活用してバリアを乗り越え、遠隔医療をさらに進めたい」(河野氏)

 実は今回の発表前、日本マイクロソフトらはシステムの名称を「次世代オンライン遠隔診療システム」としていた。関係者が「診療だけでなく、より幅広い医療の取り組みに位置付けられるシステムに」として「診療システム」を「医療システム」に変更した。これも、幅広い医療分野での利用を想定したいという意気込みを感じさせるエピソードだ。

クラウドからMRまで、MSの最新技術を使った遠隔医療の中身

 実証実験においては、長崎大学病院のリウマチ診療の専門医と、五島中央病院の非専門医、五島中央病院を訪れた関節リウマチの患者が参加して診療を実施する。

 NURASの使用に当たっては、視覚モデルや音声モデルの開発キット「Azure Kinect DK」を3台設置し、患者の前に置いて撮像する。Azure Kinect DKは、Microsoftのモーションキャプチャー技術「Kinect」の画像データや音声データをクラウド「Microsoft Azure」(以下、Azure)で解析可能にする。

 Azure Kinect DKは、被写体の立体的な動画を撮影できる高精度カメラと、奥行きを測る赤外線センターを搭載し、120度の視野角で撮影できる。これを3台設置することで、360度の立体画像を撮像し、100km離れた専門医が装着する「Microsoft HoloLens 2」に3Dホログラムとして投影。1秒間30フレームの画像を高精度かつリアルタイムで表示できる他、Azure Kinect DKに内蔵された7つのマイクロフォンアレイで、音源の方向を含めたクリアな音声を聞き取れる。

 NURASで使われるAzure Kinect DKは、関節リウマチが起こりやすい手を映しやすく設計され、手の正面や裏側、斜めなど、360度で撮影できる。遠隔地にいる専門医はMicrosoft HoloLens 2を装着し、Web会議ツール「Microsoft Teams」(以下、Teams)を使って診療を進める。平面映像だけでは評価が困難な病変部位を、立体的かつリアルタイムに、間接の動きを含めて正確に観察、評価できるようにしている。

(左)3台の高精度カメラで患部の立体映像を撮影する(右)専門医は3Dホログラムとして投影された映像を操作し、さまざまな確度から確認して診断できる(出典:日本マイクロソフト、五島中央病院)

 また、NURASの基盤であるAzureは、医療情報をクラウドで活用する際の要件をまとめた厚生労働省、経済産業省、総務省が所管する3省3ガイドラインに準拠する。撮影された患部の映像や録音された患者と医師の会話などのデータは、セキュアな環境で保存して利用が可能だ。

 長崎大学の川上 純氏(医歯薬学総合研究科長)は「医療分野においては、標準化や均てん化が課題になっているが、そこにIoTやAI(人工知能)が活用できると考えている」と話す。

長崎大学の川上 純氏(医歯薬学総合研究科長)

 「(NURASは)Azure Kinect DKとMicrosoft HoloLens 2の組み合わせにより、動いている指を正確に評価できる。専門医は、仮想タッチパネルで、画像を自由に動かせる。Teamsによって、専門医とかかりつけ医、患者が、双方向のコミュニケーションをとれる。専門医からかかりつけ医にアドバイスすることで、非専門医が処方に自信が持てるメリットもある」(川上氏)

 NURASと最新技術を活用した取り組みは他にも予定されている。

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