Teslaが発表したAIロボット「Optimus」と技術開発戦略の妙編集部コラム

Teslaが自社技術を生かしたロボットのコンセプト機を発表しました。「290万円で買える労働力」が実用化すれば日本の社会課題の幾つかは解消するかもしれません。

» 2022年10月08日 15時30分 公開
[荒 民雄ITmedia]

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 電気自動車や自動運転技術を強みとする自動車メーカーTeslaがヒト型ロボット「Optimus」を発表しました。まだコンセプト機の段階ですが、今までのヒト型ロボットとは異なるポテンシャルを持っているように見えます。

 Teslaは2022年9月30日(現地時間)、「Tesla AI Day 2022」において人型のロボット「Optimus」のデモを披露しました。将来は2万ドル(本校執筆時点のレートで約290万円)程度の価格で量産する予定としています。

 Teslaは自動運転で培ったAIの専門知識を、車両の枠を超えて産業に応用する取り組みを進めており、このロボット発表もその一つと考えられます。

 発表と同時に披露されたコンセプト映像や技術解説を見ると、視覚情報や触覚フィードバックなどの技術も使われているようです。位置情報はGPSデータを使いつつ、視覚による認識も加味した制御が可能です。実際の量産化がいつになるかは明らかではありませんが、実用化すればさまざまな社会課題の解決につながる興味深い内容です。

Optimusのデモ映像。荷物を所定の席に届け、壊さずに机に置く(出典:Tesla AI DayのYouTubeチャネル掲載動画)

※本稿は2022年10月4日配信のメールマガジンに掲載したコラムの転載です。登録はこちら


「手」「空間認識」だけではない複合技術 汎用ユーティリティーとしてのロボットの可能性は

 ロボットは既に「手」に相当する機能や「目」に相当する機能を獲得してきました。バランスをとって自力で二足歩行をすることも既に実現しています。Optimusの目新しさは、これらの技術を複合的に扱える点にありそうです。従来のロボットを超えた仕事を担う可能性があります。

 デモ映像には、映像から空間の物体を認識し、「手」で物体をつかみ、所定の場所に移動させるものもありました。この動作は、空間認識と物体把握だけでなく、手に相当するパーツを、正確に対象物をつかめる位置に移動させる「位置合わせ」が必要となります。

ものを手を使って取り出して所定の場所にしまう動作のデモ(出典:Tesla AI DayのYoutubeチャネル掲載動画)

 おそらくロボットは、映像の中に現れる「手」の位置を3次元で把握した上で、映像にある対象物との距離などを瞬時に計算して正確に移動させる処理をしているものと考えられます。

 つかむ動作を実現するには、対象物の大きさや硬さを把握し、破壊せずに持ち上げる力のかけ方を判定しなければなりません。物体に触れてからどのくらいの力で挟むかを判断し、左右の手に信号を伝え、左右のタイミングを合わせて持ち上げます。ここで対象物に触れたときの反発力を計測して信号に変え、出力すべきモーターパワーがどのくらいかを計算します。

オフィスに置かれたさまざまな植物に水やりをする。水の出る勢いや位置を判断する(出典:Tesla AI DayのYouTubeチャネル掲載動画)

 製品を並べたり不良品を弾いたりするような特定の目的で作られたロボットであれば機能が限定されているので必要な機器(カメラや各種センサー)のみを搭載して、決まったプログラムを置けば済みます。一方、今回のデモで示されたOptimusは、おそらく1体に対してさまざまなプログラムを入れ変えて使うことも想定しているでしょう。

 

TeslaによればOptimusの「頭脳」に相当するコンピュータ部分は、独自設計の「Tesla SoC」を搭載する(出典:Tesla AI DayのYouTubeチャネル掲載動画)

量産化に向け研究開発の投資を強化へ そのとき日本は?

 aiboやASHIMOを思い出しますが、それらのロボットが発表されてから時がたち、AIやロボット制御の技術は格段に向上しました。

 Optimusのデモ映像によれば、紙の書類のような繊細なものを破らずに持ち上げたり、重い荷物が入った箱をバランスを崩さずに持ち上げたりすることもできます。

 「目で見て判断する必要があるけれども単調なペーパーワーク」の幾つかはAI-OCRやRPAが代わりにこなしてくれるようになりました。このロボットのような技術が一般化すれば、いずれは「目で見て判断する必要があるけれども単調な重労働」についてもロボットに任せられる時代が来るのかもしれません。

 以前取材した触覚フィードバック技術を研究する慶應義塾大学ハプティクス技術センターの野崎貴裕准教授は、ハプティクス技術を使って職人技の手作業をライブラリ化して再現する構想を語っていました。ちょっとした力加減の違いや手で触れたときの感触の違いをロボットがアルゴリズムに従って判定できるようになれば、技能継承問題や遠隔地における医療サービス人材不足などの問題の幾つかは解決することでしょう。

 高速な通信インフラが普及すれば、高度な判断が必要で人間の介在が必要なタスクについても、遠隔からロボットとペアになった人間が協調作業する道も開けるでしょう。さまざまな事情で移動が困難な方々の就労や社会参加に役立つ可能性もあります。

 イベントで発表されたデモはまだ試作機レベルのように見えますが、同社の技術力と資本をもってすれば、比較的早い段階で実用レベルに達するかもしれません。実際にTeslaのCEOであるイーロン・マスク氏は「早ければ2023年に実用化する」と語っています。

 これらの技術が実用化すれば、少子高齢化、労働人口の縮小が危惧される日本は、おそらく最も恩恵を受ける国の一つとなるでしょう。同社開発を上回る技術が日本企業から出現することも期待したいと思います。

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