日立が取り組む「サプライチェーン全体の脱炭素化」 実証内容を紹介「Hitachi Social Innovation Forum 2023 JAPAN」レポート

日本政府は脱炭素化の目標年を定めているものの、「それをどのように達成するか」について具体的な数値を目標に盛り込んでいる企業はまだ少ないのが実態だ。日立のCO2削減に向けた具体的な取り組みとは。

» 2023年09月28日 13時00分 公開
[田中広美ITmedia]

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 気候変動問題への取り組みを重視して、ESG(環境、社会、ガバナンス)への配慮によって持続可能な発展を目指す、いわゆるESG経営を推進している企業を客観的な指標で評価したり、その指標を投資判断の材料の一つとしたりする流れが進んでいる。二酸化炭素(CO2)排出量削減で成果を出せるかどうかは近い将来、ビジネスの成長スピードや、大企業から取引先として選ばれるかどうかを左右する可能性がある。

 CO2排出量削減が「余力のある大企業が社会的貢献の一環として取り組むこと」から、取り組まなければ「資金調達で不利になる」「大企業から取引先として選ばれなくなる」可能性を孕むものへと変化しつつある中で、企業はどう対処すべきか。

 日立製作所(以下、日立)が「Hitachi Social Innovation Forum 2023 JAPAN」(2023年9月20〜21日開催)で発表した取り組みから「中小企業を含む他社のCO2排出量削減をいかに支援するか」「自社におけるCO2排出量削減をいかに進めるか」の2点を見てみよう。

日立は「サプライチェーン全体の脱炭素化」にどう取り組んでいる?

 欧州や米国などの先進国は気候変動問題に高い目標を掲げている。EU(欧州連合)理事会は2021年6月に「欧州気候法」を採択。これによって気候変動問題を解決するための国際的な枠組みである第21回国連気候変動枠組条約締約国会議(COP21)で採択、2016年に発効した「パリ協定」(Paris Agreement)の公約「2030年までに1990年比で温室効果ガス(GHG)排出量を55%削減」がEU域内で法的拘束力を持つこととなった。欧州気候法は「2050年までの気候中立」(実質排出ゼロ)の目標達成に向けたガバナンス体制の整備も義務付けている。

 米国はトランプ政権時代にパリ協定からの脱退を表明したが、バイデン大統領就任直後の2021年にパリ協定に復帰した。現在は「2030年にGHG排出量を2005年比で50〜52%削減」「2035年までに電力を脱炭素化」「2050年までにGHG排出量ネットゼロを達成」という目標を掲げている。AppleやAmazonなどのテック大手は世界各地に拠点を持つサプライヤーや運輸会社などの取引先を巻き込んでGHG排出量削減に積極的に取り組んでいる。

 日本国内でも、「2050年にカーボンニュートラル達成」「2030年にGHG排出量を2013年比46%削減」など、脱炭素やGHG排出量削減の目標年は定まっている。しかし、具体的な数値目標を持ったり、その数値目標を達成するための具体的な手段を構築したりしている企業はまだ少ないのが実態だ。

サプライチェーン脱炭素支援ソリューション

 特に製造業では部品サプライヤーや物流会社などさまざまな企業が関わるため、脱炭素を実現するためにはサプライチェーン全体での取り組みが欠かせない。製造業全体に中小企業が占める割合は99.5%と高く、中小企業がCO2排出量削減に適切に取り組むかどうかは目標達成の成否を分ける。

 では、サプライチェーン全体の脱炭素化に向けた課題とは具体的に何か。まず、現状ではサプライチェーン全体で排出しているCO2の全体量がほとんど把握できていないことにある。

 この課題を解決するために日立が提供するのが次の7つのソリューションだ。

  1. 環境情報管理SaaSサービス「EcoAssist-Enterprise-Light」:企業・組織のCO2排出量を収集、可視化
  2. サプライチェーンにおける脱炭素の推進を支援する「EcoAssist-Pro/LCA」:製品別のCO2排出量を精緻に算定、可視化
  3. AI活用 環境影響評価プラットフォーム「Makersite」:製品当たりCO2排出量を計算、可視化、サプライヤーのCO2排出量を測定、管理、削減
  4. 製品当たりCO2排出量算定支援「カーボンフットプリント算定支援」:製品当たりCO2排出量を計算
  5. サプライヤー企業のスコアリング評価「EcoVadis」:サプライヤーのCO2排出量を測定、管理、削減
  6. 排出量予測、GX-ETS対応「グローバルSCMシミュレーションサービス」:長期・短期 将来的なCO2排出量を予測
  7. 脱炭素に向けた協創「SX/DX未来創造型ワークショップ」:企業としての持続的な削減の取り組み

 これらの中で、日立が最初に提供開始したソリューションは排出量予測とGX-ETS(経済産業省が創設したGXリーグにおける自主的な排出量取引)に対応する「グローバルSCMシミュレーションサービス」だ。サプライチェーン全体で発生するCO2排出量をデジタルツインによってあらかじめシミュレーションし、「利益最大」「CO2排出量最小」などのシナリオに沿って供給量やCO2排出量を最適化する。

 同ソリューションは、CO2排出量を正確に見通すことが売り上げや利益の見通しを立てることと同じように重要になる近い将来を見越して開発された。特に、日本政府が2026年度の本格稼働を予定している排出量取引への対応が考慮されている。

 同ソリューションの特徴は次の3点だ。

  1. 需要に対して調達・生産能力を加味した供給量を計算
  2. 供給量計算と併せ、売り上げや利益、CO2排出量を算出
  3. 排出量上限を指定し、上限内の最適供給量を算出可能

 ただし、日立によると、同ソリューションへの問い合わせは多いものの、ヒアリングする中でそもそも自社が排出しているCO2の量を把握していない企業が多いことが判明したという。そこで、まずは”入り口”の問題を解決するためにワークショップの開催やコンサルティングサービス、排出量の可視化、サプライヤーのCO2排出量測定・管理・削減を含めた上記のサービスを提供することになった。

AIを活用した評価プラットフォームで企業価値を”測定”

 特に経営の観点から今後、重要性が高くなりそうなのがMakersiteとEcoVadisだ。MakersiteはML(機械学習)を含むAIを利用することで環境評価影響を自動化する。

 ERP(企業資源計画)やPLM(製品ライフサイクル管理)の情報から自動的に評価モデルを構築することで、製品ライフサイクル全体におけるCO2排出量を把握する。日本で利用されている「IDEA」の他、欧州で使われている「ecoinvent」や「CPM」「Agri-footprint」などさまざまなデータベースを活用できる。AI(人工知能)を利用して製造工程や購買品、成分情報をひもづける。

 EcoVadisはサプライヤー企業のスコアリングを評価することで、サプライヤー企業の取り組み改善を図る。

日立の具体的な取り組み

 日立は自身でも脱炭素の取り組みを進めている。今回ブースで紹介されていた「大みかグリーンネットワーク」における脱炭素実証を見てみよう。

 大みか事業所は日立の情報制御システムの製造・開発拠点だ。日立は2030年度までに自社事業所におけるカーボンニュートラル達成を目標に掲げている。これに向け、大みか事業所ではLEDや高効率空調によって省エネを進めると同時に、太陽光パネルや蓄電池の設置による消費電力の再生可能エネルギーへの置き換えによってCO2排出量の削減を図る取り組みを2021年から開始した。

大みか事業所でのカーボンニュートラルの取り組み(出典:日立の提供資料) 大みか事業所でのカーボンニュートラルの取り組み(出典:日立の提供資料)

 電力センサーで得た情報をEcoAssistによって「見える化」することで電力需要を予想する。FEMS(Factory Energy Manegement System)と生産計画の連動によるピーク電力の抑制もポイントだ。1日の中で電力使用量の多い時間帯から少ない時間帯に活動をずらす「ピークシフト」によって、電力使用量の波を平準化させる。

 ピークシフトに協力する消費家が増えれば、発電効率が低い旧式の火力発電所をはじめとする、環境に大きな負荷がかかる電源の稼働や出力増を避けられる可能性が高まる。

 日立の森知 隆氏(サービス・制御プラットフォームシステム本部 GX事業推進部 担当部長)は「設備更新時に、より省エネ性能の高いものを選ぶことで省エネを図る。併せて、事業所敷地内に設置した太陽光パネルで発電した電気を自家消費する。これら2つの取り組みでCO2排出量を半減できると見込んでいる」と話す。なお、事業所敷地内に設置した太陽光パネルは現在、事業所で利用している電力の5〜10%を賄っている。将来的には太陽光パネルを増設することでこの割合を20〜30%まで向上させる予定だ。

 今後の取り組みについて森知氏は「事業所単独での取り組みではカーボンニュートラルの実現は難しい。いかに取引先をはじめとするステークホルダーと一緒に取り組めるかどうかが重要だ」と語った。

GXトータルシステムエンジニアリング

 日立は、大みか事業所のGX実証で得た知見などを足掛かりにGXトータルシステムエンジニアリングで顧客企業の脱炭素を伴走支援するとしている。「単独でソリューションを提供しても、お客さまは導入効果がどのぐらいあるかが分かりづらく、導入の意思決定がしにくい。計画づくりから一緒に取り組むことが重要だ」(森知氏)

GXトータルエンジニアリング(出典:日立の提供資料) GXトータルエンジニアリング(出典:日立の提供資料)

 特に中小企業ではCO2排出削減にどう取り組むべきか、測りかねている企業も多いようだ。森知氏は「通常の設備投資の費用対効果とはまた違う基準で考える必要があるが、企業によって、また立場によって考え方は異なる。工場のラインを更新する立場の人と、環境報告書を作成する立場の人がいる中で、企業としてどのように意思決定するかは非常に難しいと感じている」と課題を語った。

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