「組織力」だけ鍛えても不祥事はなくならない “集団浅慮”に陥らないための「個人力」のすすめ甲元宏明の「目から鱗のエンタープライズIT」

世間に名の通っている会社の不祥事が相次いで発覚しています。個人としてはモラルのある人々が、「社会の公器」であるべき企業という集団になったときになぜ不法行為に手を染めてしまうのか。筆者は「集団浅慮」に原因があると喝破します。

» 2024年01月12日 08時00分 公開
[甲元宏明株式会社アイ・ティ・アール]

この記事は会員限定です。会員登録すると全てご覧いただけます。

この連載について

 IT業界で働くうちに、いつの間にか「常識」にとらわれるようになっていませんか?

 もちろん常識は重要です。日々仕事をする中で吸収した常識は、ビジネスだけでなく日常生活を送る上でも大きな助けになるものです。

 ただし、常識にとらわれて新しく登場したテクノロジーやサービスの実際の価値を見誤り、的外れなアプローチをしているとしたら、それはむしろあなたの足を引っ張っているといえるかもしれません。

 この連載では、アイ・ティ・アールの甲元宏明氏(プリンシパル・アナリスト)がエンタープライズITにまつわる常識をゼロベースで見直し、ビジネスで成果を出すための秘訣(ひけつ)をお伝えします。

「甲元宏明の『目から鱗のエンタープライズIT』」のバックナンバーはこちら

 2023年末に発覚したダイハツ工業の認証試験における不正問題は大きな衝撃を与えました。アイティメディアでもこの問題について多くの記事が掲載されています(注1)。

 ダイハツ工業は品質マネジメントに関する国際規格であるISO9001を取得しています。同規格に基づいた活動を長年継続している企業では、本来であれば今回のような不祥事は発生しないはずです。ISO9001の認証看板を社内外に掲げている同社が、なぜこのような問題を起こしたのでしょうか。

 ダイハツグループのスローガンには「お客様一人ひとりを照らし、きめ細やかな商品やサービスを実現することで、輝いたライフスタイルを提供すること」という文言があります(注2)。このようなスローガンも従業員に浸透しておらず「形だけであった」といわざるを得ないと筆者は考えています。

企業の不祥事を引き起こす“集団浅慮”とは?

 ただし、ダイハツ工業の件に関して「コンプライアンスが重要な時代にもかかわらず、不正行為をしていたのか」と感じる人の中にも、今回の問題ほどではないにしても、コンプライアンスに違反している人がいるかもしれません。違法かどうかを認識せずに“成り行き”で行動しているケースもあるかもしれません。

 今回のような問題が起きると、多くの評論家やジャーナリストが「組織やマネジメントの問題だ」と断じます。しかし、「Group Think」(集団浅慮)という言葉があるように、集団としてディスカッションや会議を実施する際に不合理あるいは違法、不正な意思決定がされることも多くあります。Group Thinkは「集団思考」と翻訳されることも多くありますが、筆者は「集団浅慮」の方が適切だと感じています。

 企業や組織のような「集団」は、個人の意思や思いを圧迫することがあります。個人では「これは不正だ」と思っていても、組織の圧力に負けてしまうのです。今回のダイハツ工業の不祥事は「Group Think」の典型的な事例といってよいでしょう。

「組織論」が人生設計に不要な理由

 IT業界に限らず、日本企業では何か問題が発生すると組織や経営者、上司の責任を問う傾向にあります。組織はどうあるべきかといった「組織論」や、目標を達成するための「組織力」の鍛え方はビジネス書に多く見られるテーマでもあります。

 しかし、集団浅慮に陥らないために個々の従業員(個人)がどうあるべきかというのは、こうした組織論とは別に考えるべき重要なテーマだと思います。

 では、個人はどうすべきでしょうか。組織論や組織のための各種活動は経営者や上司に任せて、自身の人生設計に集中するのがいいと筆者は思っています。

 そもそも、個人の人生に組織論は不要ではないでしょうか。企業や組織は従業員の人生に何の責任も取れません。「従業員とは企業や組織のコマにすぎない」と考えた方がよいと筆者は考えます。企業は「人財」などと名付けて「人材は我が社にとってかけがえのないもの」とか「この異動や転勤は君の人生に必要だ」なんて言いますが、これらは「全てウソ」。組織や業績向上のための詭弁(きべん)といってよいだろうというのが筆者の持論です。

 最近目にする「DX(デジタルトランスフォーメーション)人材」も、一過性のはやり言葉に過ぎません。企業のDX人材育成コースを歩んだところで、最終的には総花的で浅い知識や経験しか獲得できないことも十分にあり得ます。そもそもDXは企業や組織の視点から語られます。DXの文脈で人生が設計できると考えない方がよいでしょう。

 ITに携わっている人にはおなじみの「ITスキルマップ」も同様です。これも企業や組織が「無駄なく」「便利に」従業員を活用するためのものだと筆者は捉えています。これらの教育コースやカリキュラムは個人にとってあまり意味がないものと考えるべきでしょう。

自身の将来の専門性を想像する

 話を冒頭に戻して、今回のような不祥事を繰り返さないために何が必要でしょうか。不祥事の発生を防ぐためには、組織力よりも「個人力」を鍛えることが重要だと筆者は考えています。人生哲学や価値観が強固であれば集団浅慮に陥らず、組織や企業は適切な意思決定ができるはずです。

 「個人力」が高い人が多く集まれば、自由闊達(かったつ)なディスカッションが飛び交う一方で、意思決定が困難になる可能性もあります。ただ、意思決定とは議論が尽きるまで徹底的に検討した上ですべきものだと思います。

 では、「個人力」を鍛えるにはどうしたらよいでしょうか。筆者は「自身の5年後および10年後の『専門性』を想像することから始めるべきだ」と考えています。

 「課長になる」とか「○○プロジェクトを成功させる」といった組織でのポジションや活動ではなく、どのような「専門家」になるかを考えましょう。5年後と10年後の2つを掲げるのは短期的目標と中長期的目標の2つがある方が人生設計に有効だからです。

 「専門家」は「プロフェッショナル」と換言してもいいと思います。某公共放送の番組をまねて、「自分にとって『プロフェッショナル』とは?」と自問してみましょう。筆者もよくこの質問を受けます。「『専門分野について話してほしい』といきなり頼まれた場合でも、何の資料も使わずに1時間話すことができ、その後その場にいる人たちとフリーディスカッションできるかどうか」と回答しています。その分野で収入を得ているかどうかや、金額の多寡は、その人がプロフェッショナルであるかどうかを定義するものではありません。

 自身の将来の専門性を想像し、それが達成されたときにどのような「幸せ」を獲得できるのかを考えてみましょう。1回限りの人生を楽しくするためには何が必要なのか――。少しでも多くの人が組織や企業の論理に振り回されずに行動すれば、日本の将来は明るいものになると筆者は信じています。

筆者紹介:甲元 宏明(アイ・ティ・アール プリンシパル・アナリスト)

三菱マテリアルでモデリング/アジャイル開発によるサプライチェーン改革やCRM・eコマースなどのシステム開発、ネットワーク再構築、グループ全体のIT戦略立案を主導。欧州企業との合弁事業ではグローバルIT責任者として欧州や北米、アジアのITを統括し、IT戦略立案・ERP展開を実施。2007年より現職。クラウドコンピューティング、ネットワーク、ITアーキテクチャ、アジャイル開発/DevOps、開発言語/フレームワーク、OSSなどを担当し、ソリューション選定、再構築、導入などのプロジェクトを手掛ける。ユーザー企業のITアーキテクチャ設計や、ITベンダーの事業戦略などのコンサルティングの実績も豊富。

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.