「日本企業は平均値を重視し過ぎる」 “分かった気”で終わらせない統計データの使いこなし方甲元宏明の「目から鱗のエンタープライズIT」

ニュースや資料では多くの調査データが紹介されています。中でも目立つのが「平均値」ですが、筆者は「日本企業は平均値を重視しすぎる」と警鐘を鳴らします。ビジネスに本当に役立てるための統計データの使いこなし方とは。

» 2024年02月09日 08時00分 公開
[甲元宏明株式会社アイ・ティ・アール]

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この連載について

 IT業界で働くうちに、いつの間にか「常識」にとらわれるようになっていませんか?

 もちろん常識は重要です。日々仕事をする中で吸収した常識は、ビジネスだけでなく日常生活を送る上でも大きな助けになるものです。

 ただし、常識にとらわれて新しく登場したテクノロジーやサービスの実際の価値を見誤り、的外れなアプローチをしているとしたら、それはむしろあなたの足を引っ張っているといえるかもしれません。

 この連載では、アイ・ティ・アールの甲元宏明氏(プリンシパル・アナリスト)がエンタープライズITにまつわる常識をゼロベースで見直し、ビジネスで成果を出すための秘訣(ひけつ)をお伝えします。

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 筆者が所属する株式会社アイ・ティ・アール(以降、ITR)はエンタープライズIT領域においてコンサルティングおよび調査を実施している企業です。創業以来、実施してきた多種多少な調査はITRにとって重要な資産となっています。これらのデータをフル活用して、ユーザー企業やITベンダーのコンサルティングを提供しています。

 昨今は、誰でも簡単にアンケート調査を実施することが可能です。アンケート調査用のWebサービスや調査を安価な価格で代行する調査会社が登場しているためです。特にIT業界にはこのような統計データが溢(あふ)れかえっています。

 簡単な調査やデータ収集を目的とするのであれば、これらのWebサービスや調査会社を使うのもいいのでしょう。しかし、顧客が必要とするファクトデータを効率よく収集したり獲得したデータから有益な知見を得たりすることに関しては、ITRは他社の追従を許さないと自負しています。今回は、各種調査で得られた統計データの使い方についてのお話です。

統計データが溢れるIT業界

 一般的に、統計データの中で最もよく紹介されるのが「平均値」だと思います。政府や公的機関が発行する各種報告書にも平均値が溢れています。しかし、平均値は調査対象の姿を正しく表していると言えるのでしょうか。

 筆者はそうは考えない方がよいと考えています。例えば、乳児の月齢ごとの平均体重のデータとわが子の体重を比べて、「平均値から外れているからダメだ」「うちの育児の方針が誤っているのだろう」なんてことは決してありません。

 世の中には背の高い子や背の低い子、太った子や痩せた子、さまざまな子どもがいます。平均体重とは、統計で収集した子どもの体重の合計を子どもの人数で割った数値に過ぎず、それ以上の意味は持ちません。育児の方針を平均体重を基準に評価しようと考えるのは間違っています。

 しかし、IT業界に限らず、日本社会では平均値を重視しすぎると筆者は常々感じています。ビジネス戦略として「DX」や「イノベーション」を掲げつつ、統計平均を気にする日本企業は多く存在します。DXやイノベーションには他社との差別化が極めて重要なのに、他社の平均値を気にするのはおかしい。こう感じるのは筆者だけではないはずです。

「統計の平均値から外れること」からDXやイノベーションは生まれる

 統計データからはいろいろな知見が得られます。単に平均値を算出するだけであれば、AI(人工知能)のほうが得意です。「ChatGPT」に代表される生成AIを活用すれば、さまざまな情報が手に入ります。これらのAIは基本的に世の中の情報を収集した結果をベースにしています。統計データを使って誰でも算出できる平均値のような情報は、AIを利用した方がはるかに簡単に獲得できるのです。

 平均値を知りたいだけであれば、独自調査を実施する必要はないかもしれません。平均値以外でも、あらかじめ決まった分析手順を高速にこなすのも、AIなどのITツールは得意としています。計算や分析作業では近いうちに人間は不要になるでしょう。

 DXやイノベーションは、過去の否定や非連続的な飛躍から始まると言っても過言ではありません。この視点で考えると、現在または過去データの集大成である統計データからは、DXやイノベーションのヒントになる情報は獲得できないと考える人も多いでしょう。

 しかし、設問をうまく設計すれば、「過去の否定」や「非連続的な飛躍」のヒントとなるデータを集めて分析することは可能です。獲得したデータを分析する際にも、単なる平均値を尊重しないことが重要です。回答者および回答者が所属する企業のプロフィールと収集したデータの相関性を深く分析すると、DXやイノベーションにつながる知見が得られます。「統計平均から外れる」ことからDXやイノベーションは生まれるといっても良いでしょう。

統計データを“上手”に使おう

 クラウドは筆者の専門分野の一つであるため、まだ国内でクラウドが一般化していない時代から国内企業のクラウド活用動向を調査してきました。

 日本のクラウド黎明(れいめい)期といえる2010年頃の統計データでは、国内企業のクラウド利用率(クラウドを利用する企業の平均的な割合)はどの業種でも極めて低いものでした。この平均値だけを見ると、日本のクラウド市場は「お先真っ暗」と評価するのが妥当だったでしょう。

 しかし、当時の筆者は「ビジネスが好調な企業ほど、クラウドを先駆けて活用している」と分析しました。その理由は、「クラウドを使えばビジネスが良くなる」ということではなく、ITをビジネス推進のための必須のツールと見做(みな)している企業が、クラウドのような先進テクノロジーを積極的に活用していることがデータから浮かび上がったからです。

 その他にも筆者独自の視点でさまざまな分析をした結果、「クラウドの将来は極めて明るい」という結論を出しました。多くの人に「その結論は間違っている」と指摘されましたが、どちらが間違っていたかは言うまでもありません。

 繰り返しになりますが、統計データを見るときに平均値は重視すべきではありません。ユーザー企業は平均値に従って方針や戦略を決めるのではなく、「平均値から外れた部分にどれだけの価値があるのか」をデータ分析から導くことが重要です。

 ITベンダーも市場調査を頻繁に実施します。ITベンダーであれば、マーケティングや営業戦略のために統計平均を重視してもよいのではないかと考える人も多いかもしれません。

 もちろん、統計平均はビジネス機会の大小を見積もるには良いデータだといえます。しかし、統計平均は事前に予想していたことを裏付けるためにあると割り切ったほうがよいでしょう。驚くような結果が出ることは非常に少ないです。

 統計平均から導かれる結果は、既に多くの人が知っている知見です。大多数のITベンダーが現在狙っている市場、つまりレッドオーシャンです。ITベンダーも統計平均から外れてブルーオーシャンを探すことで差別化を指向すべき時代にある、と筆者は考えています。

筆者紹介:甲元 宏明(アイ・ティ・アール プリンシパル・アナリスト)

三菱マテリアルでモデリング/アジャイル開発によるサプライチェーン改革やCRM・eコマースなどのシステム開発、ネットワーク再構築、グループ全体のIT戦略立案を主導。欧州企業との合弁事業ではグローバルIT責任者として欧州や北米、アジアのITを統括し、IT戦略立案・ERP展開を実施。2007年より現職。クラウドコンピューティング、ネットワーク、ITアーキテクチャ、アジャイル開発/DevOps、開発言語/フレームワーク、OSSなどを担当し、ソリューション選定、再構築、導入などのプロジェクトを手掛ける。ユーザー企業のITアーキテクチャ設計や、ITベンダーの事業戦略などのコンサルティングの実績も豊富。

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