「生成AIで一発逆転は可能だ」 DX“後進”企業こそ得られるメリットを解説(3/3 ページ)

» 2024年03月29日 16時30分 公開
[田中広美ITmedia]
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ゴールまでの道のりを「ショートカット」

 ここまで、生成AIの業務での利用を高度化するために必要なポイントを見てきた。ここからは冒頭で触れた、DXにこれから取り組もうとしている企業が生成AIを利用するメリットと、失敗を避けるために押さえるべきポイントを整理する。

 まず、DXにこれから取り組もうとしている企業が生成AIを利用することで得られるメリットとは何だろうか。「事業部門の従業員に自然言語でスケールできるメリットは大きいと思います。これまでDXに取り組んできた企業が時間をかけて目指してきたゴールにたどり着くまでにかかる時間をかなり短縮できると期待しています」(林氏)

 例えば、分野専用AIやローコードツール、BI(Business Intelligence)ツールなど、習熟までにある程度時間かかるツールをすぐに使いこなせるようになれば、その分ゴールは近くなるわけだ。

 多くのITベンダーはローコードツールやBIツールについて、「プログラミングスキルの高くない人や、データサイエンスや機械学習(ML)の専門知識がない人でも使える」とアピールしてきたが、業務で使えるレベルになるためにはある程度のスキルが求められることを多くのユーザーが実感している。「導入したものの、結局使われなくなった」「導入したが、使いこなすまでには至っていない」という企業も多い。

 「分野専用AIはフォーマットに決められたルール通りに入力する必要があります。生成AIを利用することで、ユーザーは自然言語で分野専用AIにタスクを投げかけられます。生成AIはタスクを認識して、処理に適した専用AIを呼び出し、タスクを分解して専用AIに適用させるために命令をプログラミング言語に変換してフォーマットに入力します」

 林氏はさらに、「従来のツールの中には生成AIで置き換えられるものもあるでしょう」と語る。これまでスクラッチ開発ローコード/ノーコードツール、BIツールによるダッシュボード作成などは、生成AIが内部でコード生成することで、ユーザーは自然言語ベースでアウトプットを作ることが可能になるだろう。

 ここ数年、経済産業省や文部科学省がリスキリングを推進する制度を打ち出すなど、リスキリングの重要性がうたわれているが、林氏は「中途半端なリスキリングであれば、生成AIの利用で省略できるものもあると思います」と語る。「これまで全くプログラミングを学んだことがないのであれば、 “手段”であるPythonを一から学ぶよりも、生成AIを活用して課題をいかに解決するかという“目的”に着目した方がいいかもしれません。ビジネスの中で今何をやるべきか、新規で取り組みたいこと、業務の中で効率化したいことに着目して仕事をするというカルチャーが大事だと思います」(林氏)

失敗を回避するための「2つのポイント」

 生成AIを導入することで、DXのゴールまでの道のりをショートカットできることが分かった。ただし、生成AIの導入に失敗しないために押さえるべきポイントも当然ある。Ridgelinezは次の2点を挙げる。

  • プログラミング的思考は学んだ方がいい: 「先ほど話したことと少し矛盾するようですが、プログラミング言語そのものを勉強する必要はなくても、プログラミング的思考を学んだ方が、プロンプトづくりには有利だと思います」(林氏)
  • データ整備はきちんとやるべき: 「生成AIは、どのようなデータと連携するかでアウトプットに大きな差が出ます。これはデジタル化の取り組みが遅れた企業ではなく、むしろDXにある程度取り組んできた企業が注意すべきポイントです」(林氏)

 Ridgelinezによると、生成AIを利用するのに必要なデータを十分に整備できていない企業は多い。早い時期からさまざまなシステムを導入してきた企業こそ陥りやすい“落とし穴”でもある。「各事業部門が別々にシステムを導入した結果、一つの製品に別の製品番号が割り振られて、同じ製品が別のものとして扱われてしまう例は多く見られます」(伊藤氏)

 データのサイロ化はデータの品質を低下させる要因として問題視されてきたが、ここに来て生成AIの活用を阻害するという理由が新しく加わったことになる。

 「分散しているデータを分類して整理しなければなりません。加速的に成長している生成AIのような最新技術のメリットを享受し、企業独自のナレッジを全社レベルで活用していくためにも、これは人間がゴリゴリやらなければいけないところですね」(伊藤氏)

まずは「毎日チェックしたい項目」から始めよう

 一方で、データ活用にこれから取り組む企業はどこから始めるべきだろうか。「社内に蓄積されているデータを一度に全て使えるようにするのは大変です。まずは『毎日チェックしたい事項』に絞って、ダッシュボードで見られるかたちにデータを整備することから始めればいいと思います」(林氏)

 完璧にしようとするのではなく、データ活用のフェーズに合わせて整備することがポイントになりそうだ。「毎日データをチェックしているうちに、『このデータの背景になる●●が見たい』『△△も併せてチェックしたい』という要望が生まれるので、アジャイルに進める方がいいと思います」(林氏)

 一方、伊藤氏は自社データを活用する重要性を強調する。「汎用的なデータを使った調査や文章の生成という技術はMicrosoftがどんどん進展させています。汎用的なデータを利用したアウトプットは他社と差別化しづらい部分になると思います。汎用的な業務用途にはいいけれども、競争領域に使うには十分ではありません。生成AIを活用する上で大事なのは社内のナレッジデータです」

 社内データを生成AIに活用することで、今まで把握できていなかった事象が「見える化」できる。「その次にようやくトランスフォーメーションという段階に進めます」(伊藤氏)

AI活用が進む世界で「それでも人間がやるべき仕事」

 ChatGPTの登場によって「AIが人間の仕事を奪う」という議論が再び活発化している。生成AIの活用が進み、Ridgelinezの言う「自律的なAI」が広く使われるようになれば、人間の仕事の一部はAIによって代替可能になるだろう。

 この古くて新しい“懸念”について、林氏は「人間でなければこなせない仕事は徐々に少なくなるでしょうが、それでも残り続けると思います」と語る。林氏が考える「人間ならではの仕事」とは、生成AIが生み出せないような全く新しいアイデアや価値、あるいは人間ならではの感覚を生かしたブランド力の醸成だという。

 「ユーザーに良い印象をいかに与えるかという部分はやはり人間にしかできないのではないでしょうか。それを実現するための作業は生成AIにやらせて、われわれ人間は仕事の中でこだわりを持っている部分で価値を生み出していく。こういう形になるのではないかと思います」(林氏)

 「生成AIは実際に使ってみて経験を積まなければ使いこなせない。少なくとも現状ではそういう技術です。今、皆一生懸命やっているところだと思いますが、まずは現場でこう使おうというモデルを決めて、使いこなす方法を身に付けるのが現在のフェーズかなと思います。それができれば、さらに一段上の利用方法が視野に入ってくる。IT部門だけでなく、DX推進部門や経営企画部門の方々もあまり失敗を恐れずにトライを繰り返していただきたいなと思います」(伊藤氏)


 今回の取材を通じて、ユースケースを参考にしつつ、生成AIを業務の中でいかに活用していくかのトライ&エラーはしばらく続きそうだという感想を筆者は持った。

 同時に、こうした模索を続ける中でも「生成AIを利用すべき作業と、人間がやることで価値を生み出せる作業」の適切な切り分けや、「プログラミング的思考の獲得」「全社でのデータ整備」といった生成AIを十分に使いこなすための環境を整えられるかどうかが、生成AIによってDXの目的を迅速に実現できる企業と、生成AIを導入したものの、結局あまり使いこなせなかったという結末を迎える企業を分けることになりそうだ。

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