ドットコムが消えたスーパーボウル 〜 変わりつつあるネット企業の広告戦略 〜@米国IT事情(11)

» 2001年02月21日 12時00分 公開
[長野弘子,@IT]

 世界中のスポーツファンには見逃せない業界最大のイベント、米アメリカンフットボール(NFL)の決勝戦「スーパーボウルサンデー」が今年も1月28日に開催された。推定1億3500万人、40%以上の高視聴率を集める毎年恒例のこのショウは、ゲームだけではなく、その合間に流れるテレビコマーシャルも大きな話題となる。

 2000年はドットコム企業の広告が半分以上を占めたことに注目が集まったが、今年は、ネットバブルの崩壊を反映してか、ドットコム企業はわずか3社のみ。ネット企業の多くは、どうやら売上額とほぼ同額をマーケティング費用に費やして、テレビで大々的なキャンペーンを行うことは、それほど効果的ではないと気付いたようだ。

 ネット企業は、スーパーボウルで何を学んだのか、また、ネット企業の広告戦略はどのように変わりつつあるのかを探ってみた。

ドットコムが消えたスーパーボウル

 スーパーボウルは、家族や友人と集まってバーベキューパーティをしながらゲーム観戦をする国民的なイベントでもある。このNFL決勝戦の合間に流れるテレビコマーシャルもまた、各社が大量の予算を注ぎ込んで趣向を凝らしたものとなり、中にはコマーシャルのためにスーパーボウルを見るという人々もいるくらいだ。

 しかし、今年のスーパーボウルのコマーシャルで、2000年とは大きく異なっていた点があった。それは、ドットコム企業が大幅に減少したことだ。

 2000年は、人材募集サイトのHotjobs.comMonster.com、またオンライン証券取引サイトのE*Tradeのほかにも、Pets.com、Nuveen.comKforce.comOurBeginning.comなど合計16社のドットコム企業がスーパーボウルでコマーシャルを流して大きな話題となった。

 今年はというと、Hotjobs.com、Monster.com、E*Tradeの3社以外はすっかり影を潜めた。それもそのはず、Pets.comは倒産、Nuveen.com、Kforce.com、OurBeginning.comなどもすべて窮地に立たされており、スーパーボウルどころではない状況なのだ。それ以外のドットコム企業にしても、テレビ広告を見ることはごくまれになっている。

 スーパーボウル広告は、果たしてブランド構築に効果があったのだろうか?これは、ドットコム企業の差別化やブランド構築にとって、テレビが果たして効果的なメディアかどうかという疑問を投げかけている。

 テレビ広告の効果は、確立されたブランドにとっては実証されているが、ドットコム企業のトラフィック増加やブランド構築にどの程度の効果があるかに関しては、評価が定まっていない。

世間を騒がせたあの広告も、いまは……

 広告代理店のMullen Advertisingによると、大金を投じてテレビ広告のスポンサーになっても、ブランドが確立されており独自のビジネスモデルを持つ企業でなければ効果はあまり期待できないという。実際、多くのドットコム企業の広告というものは、人目は引くけれども、あまり意味がなく、効果的なブランドの構築にはつながらなかったといわれている。

 2000年にコマーシャルを流したミューチュアルファンドのNuveen.comは、かつてスーパーマン役を務めた俳優で、現在は下半身不随となっているChristopher Reevesが車イスから立ち上がるという広告で世間を騒がせたが、ほとんどの人がその広告のスポンサー名を覚えていなかった。

 ちなみに、1998年のスーパーボウルで広告を流したのはAutobytelのみ、1999年はHotJobs.comとMonster.comのほか、オンライン・ファッションショウを宣伝したVictoria's Secretであり、これらの企業はWebサイトへの大幅なトラフィック増加を得ている。これらの企業の成功にあやかろうと、ドットコム企業がスーパーボウルに殺到したために、もはや新鮮さがなくなったのもマイナス要因の1つとして働いたようだ。

 ドットコム企業がわれもわれもと押し寄せたために、30秒で160万ドルだったスーパーボウル広告が、2000年は平均220万ドルにまで跳ね上がった。中には300万ドルほど払ったところもあり、ドットコム企業だけがコマーシャル料金の前払いを要求されるという問題も起こった。

 こうした背景に、株式市場の低迷が重なり、ドットコム企業の多くはスーパーボウルから撤退したのだ。

広告費とブランド認知度は比例しない?

 高価なテレビ広告が必ずしもブランドの確立に役立たないことは、2000年6月に発表されたHMS Partnersの調査(表1)においても示されている。これは、回答者に思いつくドットコム企業の名前を5社挙げてもらい、その結果を集計したもの。

企業名 1999年の広告費 ブランド認知度
eBay 550万ドル 22%
Excite 320万ドル 8%
CDNOW 1050万ドル 22%
YAHOO! 2920万ドル 38%
Amazon 3520万ドル 45%
Buy.com 1700万ドル 6%
iWON.com 1840万ドル 6%
AOL 8320万ドル 22%
Priceline 4960万ドル 5%
Monster 2900万ドル 2%
E*Trade 1億2420万ドル 5%
Ameritrade 1億370万ドル 1%
表1 出典:HMS Partners

 この結果、広告費に対するブランド認知度が最も高かったのがeBayだった。同社の1999年の広告費はわずか550万ドルだったが、回答者の22%がeBayの名前を挙げた。

 ブランド認知度が45%と最も高かったAmazon.comは、3520万ドルしか広告費に費やしていないが、ブランド認識度が1%と最も低かったAmeritradeはその3倍近くの1億370万ドルを広告費に費やしている。

 Monster.comも2900万ドルを広告費に費やしているが、認知度は2%にとどまり、Priceline.comも4960万ドルを広告費に費やしたにもかかわらず、認知度は5%にすぎない……などのように、必ずしもマーケティング費用とブランドの認知度が比例するわけではないことが明らかになった。

 これらのことから、ドットコム企業にとってブランド構築は、お金をいくら使うかではなく、限られたコストの中でいかに賢くマーケティングを行うかが重要であるということが分かる。

トラフィックを顧客データベースに変換

 それでは、一体どのように広告費を使えば効果的なマーケティングを行えるのだろうか。

 同調査によると、ユーザーの83%は「Webサイトを知る方法」としてWebサーフィンを挙げている。次に多かったのは、テレビ広告で53%、雑誌やラジオなどのほかの広告は52%だった。この結果からすると、テレビ広告だけではなく、それよりも安価な雑誌やラジオ広告もまた、ドットコム・ブランドの確立のためには効果的だということが分かる。

 2001年2月に発表されたJupiter Media Metrixの調査によると、「新たなサイトにユーザーを呼び込むのに使われた方法」として、2000年に最も人気だったのは、口コミ、ダイレクト・マーケティング、オンライン懸賞やプロモーションだった。同社によると、サイトにユーザーが集まる要因の57%が「口コミ」である。

 この調査では、2000年に登場したドットコム企業のトップ25社のほとんどが、大手企業からの大幅な投資は受けておらず、口コミやダイレクト・マーケティングなどの手法を使って人気サイトへとのし上がったという。

 例えば、ゲーム娯楽サイトのGrab.comは、サイトが開設された2000年3月には620万人のユーザーを抱えていたが、9カ月後の12月には2倍以上の1350万人へと増加した。ディスカウントECサイトのHalf.com、オンライン決済サイトのPaypal.comもまた高いランキングを獲得している。

 また、以前と違ってベンチャーキャピタル(VC)からの投資が期待できないため、ユーザーがサイトを訪れると、すぐにユーザー登録を呼びかけて電子メール・アドレスを獲得、これをダイレクト・マーケティングにつなげることが重要になる。トラフィックを顧客データベースに変換し、それをいかに売り上げに変換するかが、勝敗の分かれ目になっている。

 ほとんどの大手広告ネットワークは現在、バナー広告にEC機能を組み込んでおり、HotSocketMediaplexなどのほか、Cybuyでは電子メールにEC機能を組み込むサービスを提供している。

ネット広告でブランド構築を行う企業が急増

 ネット広告は、画質が劣るうえスペースが限られており、テレビや雑誌広告と比べると、ブランド確立には不向きだと考えられてきたが、最近では、ネット広告がブランドを確立するために有効な手段だと考える企業が増えつつある。

 情報機関のMyers ReportIABが行った2000年12月の調査では、ネット広告を過去12カ月間に使ったことのある企業幹部の7割以上が、ネット広告をブランド確立のために使用していることが明らかになった。

 この調査によると、70%の回答者がネット広告をブランド構築およびWebサイトへのトラフィック誘導に使用、一方、ECの売り上げが主要目的であると答えた回答者は46%にとどまった。

 Avenue AAdRelevanceによる調査でも、バナー広告の効果は、クリック率として直接的には表れないかもしれないが、売り上げやコンバージョン・レート(Webサイト訪問者が商品を購入した割合)に貢献しているという調査結果が報告されている。

 リッチメディア広告を開発するHonkworm Internationalによれば、ブロードバンドやストリーミング・ビデオ技術の普及により、ネット広告が次第にテレビや雑誌広告のような地位を確立していくにつれ、ネット広告によるブランド構築力は強まっていくという。

 eMarketerによると、ネット広告市場の低迷のニュースが頻繁に流れるが、実際にはネット広告の市場は2000年には97%の年間成長率を見せており、今後はやや鈍るものの、2005年には23%程度に落ち着くとみられている。また、広告市場全体におけるネット広告の割合は、2000年の1.6%から2005年には10%に増加すると予測されている。

ECサイトと既存ブランドによる相乗効果

 せっかくユーザーをWebサイトに招いても、ページの表示速度が遅かったり、返品方針が不明確だったりして、みすみす顧客を逃すケースが多い。

 そこで最後に、充実したWebサイト・パフォーマンスとカスタマー・サポートを提供することが、ブランド構築にとっては欠かせない重要な戦略となることを挙げておく。

 Goldman SachsのEC調査レポートによると、ECサイトの多くは2000年まで、巨額なマーケティング費用を投じて、Webサイトにトラフィックを誘導することに集中していたが、今年はWebサイト自体の機能や提供するサービスに力を入れ、低コストで効果的な広告を行うことに専念しているという。

 特に、実際の店舗を持たないECサイトだけの企業は、返品方法がややこしいうえ、小売業に関するノウハウが不足しているなどの理由で、顧客の満足度が低い場合が多い。

 HMS Partnersの調査によると、ECサイトに関しては、実際の店舗を持つことが「非常に/いくらかは重要」と答えたユーザーが50%に上り、まったく関係ないと答えたユーザーはわずか15%に満たなかった。しかも、25歳以下の若年層になると、61%が実際の店舗を重要視しているという結果が出ている。

 さらに、Barnesandnoble.comとGap.comが何のサイトかを知っているユーザーは、それぞれ97%と93%に上り、実際の店舗を持つブランドの強さが浮かび上がった。

 小売りブランドの中でも、J.C.PenneyやSearsなどカタログ販売に力を入れている企業はネットへの進出も比較的容易に進んだが、それ以外の小売りブランドは技術面でオンライン進出に苦労している。

 例えば、ToysRUs.comやMacys.comは、1999年のホリデー・シーズンにおいて、商品を期限までに出荷できなかったことを理由に、合計150万ドルの罰金を支払うことをFTCから命じられた。

 こうした背景から、ECサイトと既存の小売店が提携することにより、ECサイトは小売りブランドの持つブランド力を、小売りブランドはECサイトの持つ技術力を得るという戦略が大きなトレンドになっている。

 ToysRUs.comはAmazon.comと提携し、2000年のホリデー・シーズンでは顧客に質の高いサイト・パフォーマンスを提供して、大成功を収めた。Amazon.comもまた、PC Data Onlineの調べで2000年11月のトップECサイトに輝いたが、同サイトで買い物をした300万人のうちの3分の1がToysRUs.comへ来た顧客であったという。

 このように、ECサイトと既存ブランドが提携することにより生まれる相乗効果を利用して、ブランド力に加え、カスタマー・サポートや質の高いWebサイト・パフォーマンスといったトータル体験を顧客に提供していくことが、今後ますます重要となるだろう。 

(おわり)

編集局からのお知らせ

筆者:長野氏が一時帰国のため、当連載は今回でいったん終了となります。長い間ご愛読いただき、ありがとうございました。次の機会を楽しみに待っていてください。


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