情報エキスパートが社内顧客に対して提供する究極のソリューションとは、「経営戦略を実現すること」だ。では、経営戦略を理解するにはどうすればいいのだろうか?
「情報エキスパート」は問題を抱えている社内の顧客(業務部門)に対し、具体的な解決策=ソリューションを提示します。企業のすべての部門は経営戦略の実現を目指して活動しています。これら社内の顧客に対してソリューションを提供するうえで、経営戦略の理解は情報エキスパートにとって重要なポイントになります。そこで今回は経営戦略の理解について解説します。
ITが企業戦略の重要な構成要素であることは皆さんもご存じのとおりですが、実際に自社の経営戦略をじっくり読んだことがある人、または経営戦略の立案に参加された人はどのくらいいらっしゃるでしょうか。どちらかといえば「経営戦略って何?」と思われる人の方が多いかもしれません。
企業における経営戦略とは“企業に長期的な競争優位をもたらすために行う統合された実行計画”です。何とも、難しそうで眠くなってしまいます。
あまり肩ひじ張らず身近なところから考えてみましょう。もし企業で経営戦略が理解されていなかったら、どのようなことが起こるのでしょう。企業レベルでは次のような連鎖が起きているかもしれません。
そしてIT部門の周辺でも、次のような声が聞こえてくるかもしれません。
やがて、IT部門に次のような依頼が来ます。
この状態は、前回の「そのソリューションは本物か?」の例に倣えば、患者自身が薬や注射などの対処療法を求めるようなものです。これでは本当の問題解決はできそうにもありません。
先日、ある企業の経営者のBさんから次のような相談を受けました。
「最近どうも社内の動きが見えにくくなっている。社員たちの報告、連絡、相談がうまく機能していないようなので、昔行っていた週報を復活させようと思うのだがどうだろうか」
この件について皆さんはどのように考えますか?
ちなみにBさんの会社は、ERPはもちろん、グループウェアや営業システムも導入されるなど、自他共に認めるIT先進企業です。
筆者 「なぜ、報告が必要と考えられていますか? 報告(を受けること)の目的は何でしょう? これは社長と役員、役員と部長、部長と課長……、階層にかかわらず目的は同一ですね」
Bさん 「目的は状況を把握するためだね」
筆者 「では、なぜ状況を把握する必要があるのでしょうか?」
Bさん 「その理由は、状況を把握し適切な判断をするためだよ」
筆者 「では、なぜ適切な判断をする必要があるのでしょうか?」
Bさん 「適切なアクションを起こすためだよ」
筆者 「なぜ、社員たちは先週の週報に書いた行動をしたのでしょう?」
Bさん 「計画に基づき行動していたと思う」
筆者 「なぜ、その計画が立てられていたのでしょう?」
Bさん 「事業計画を実行するため」
筆者 「事業計画の目的は何でしょう?」
Bさん 「それは利益を確保し、うんぬん……」
というような「なぜ?」「なぜ?」を繰り返してみました。すると次のようなことがいえそうです。
そもそも、上司が部下に報告を要求するならば、下記の5つの項目を部下に説明する責任があると考えます。
もし、上司が説明責任を果たしていなかったとしたらどうなるでしょう。部下は、先週行ったことを行ったとおりに報告してくるでしょう。「先週は○○をして、××をして、そして△△を実施し□□になりました」??どこかで見たような文体です。
「僕は遠足の日、朝7時に起きて、朝ごはんを食べました。朝ごはんは目玉焼きと焼き魚を食べました。そして、8時半に学校へ行き朝礼をした後、校庭からバスに乗って……、とても楽しい1日でした」??こうした「小学生の作文のような報告書を書いてくるな!」と思った経験がありませんか。もし、上記のような週報が上がってくるとしたら、その理由は「上司が説明責任を果たしていない」、または「部下に問題意識がない」の2つと考えられます。
2つの理由のうち、「上司が説明責任を果たしている」場合、部下の問題発見能力(ロジカルシンキング)を向上する必要があります。しかし多くの場合は「上司が説明責任を果たしていない」といえます。
この2つの理由を解決しないまま、報告の仕組みを導入してもまったく効果は上がりません。中身の薄い週報が電子メールで送られてくるか、もしくはセールスシステムに書き込まれるだけのことではないでしょうか。この「説明責任を果たしていない」問題こそ、「経営戦略の解釈」にかかわる問題なのです。
「えっ、ただの報告書の問題がどうして経営戦略に関係するの?」と思われるかもしれません。先ほどは堅苦しくならないように身近な話題から入りましたが、ここで再度経営戦略について触れてみましょう。
企業は他社との競争の中で商品やサービスを顧客に提供しています。他社との競争に勝ち収益を上げ、そして存続し続ける必要があり、そのポイントは収益性と継続性です。もちろん社会貢献も重要な役割ですが、この2つのポイントは民間企業特有の重要なポイント(必要条件)です。
そして経営戦略の十分条件は、統合された計画であり、かつ実行できる計画であることの2点です。収益を継続して上げるための経営戦略はその場限りの対処療法ではなく根本的療法でなくてはなりません。そして「計画」は実行できることが必須で、理想は高くてもどのように実行するかが伝えられなければ経営戦略とはいえません。理想や自社の存在意義を掲げたものは“企業理念”というべきものです。それに対して、理想や目標などを実現するための実行計画が経営戦略なのです。
経営戦略をさらにブレイクダウンし、単年度の実行計画としたものが「事業計画」と考えると分かりやすいのではないでしょうか。そして、さらに単年度の事業計画をブレイクダウンして部門や課、個人の計画へと分解されているのはご承知のとおりです。
ところが、この経営戦略・事業計画・部門の計画・個人の計画の連鎖が途切れているケースが多く見られます。これが、先述した「説明責任を果たしていない問題」が「経営戦略の解釈」にかかわってくるのです。
情報エキスパートとして社内の顧客に対し、具体的な解決策=ソリューションを提示するうえで、経営戦略を理解することが必要になります。経営戦略を理解するのは難しそうですが、あるパターンに沿って分解すると案外理解しやすくなります。
経営戦略の理解には下記の3つの考え方を適用します。
【ポジショニング】
「現在自社は業界のどのポジションにいるのか?」「そして、今後どのようなポジションを目指すのか?」??これらを3つの経営軸(数値化)中に立体として表します。
【コンセプトマッピング】
この3軸の現在と未来のギャップを埋める施策が経営戦略の骨子となります。それぞれの骨子を実施するための、施策をさらに分解していきます。
【スケールマッピング】
各コンセプトは親のコンセプト(施策)と子供のコンセプトがリレーションされており、すべて管理値とスケジュールを持たせます。上記の例では、すでに市場に出回っている自社製品の出荷数が把握されており、出荷地域が首都圏に集中していると仮定すると、サービス拠点数とサービス拠点で顧客にサービスを提供するサービスマンの人数が、サービスの売上金額に直結します。
どの地域(エリア)にどのようなスキル(値)のサービスマンをどのような雇用形態で何人配置(人数)するかで、コンセプトの達成が管理できることになります。
以上のように、ポジショニング(P)、コンセプトマップ(C)、スケールマップ(S)が行えると社員たちは自分が行っている日々の仕事は単年度計画のどの部分を担っているのか。いつまでに、どのような水準で業務を達成すべきかなどが理解しやすくなります。
つまり、先に出てきた上司の5つの説明責任を果たしているとともに、社員全員が日々の報告を問題意識を持って行えることになります。
こうなれば、マネージャや経営者も現在の状況を把握し、正しい判断の下に適切な行動を起こすことが可能になります。これにより事業計画の達成と、中長期計画を達成する確率がぐっと高まります。
これらポジショニング(P)、コンセプトマップ(C)、スケールマップ(S)に当てはめて経営戦略を分析できることで、経営戦略を理解しやすくなります。自社の経営戦略がPCSの形に整理されていなくとも、情報エキスパート自らがそれを行うことで具体的な解決策であるソリューションを提供することが可能になります。
情報エキスパートが自社の経営戦略をPCSに置き換えることができれば、経営戦略の理解は社内の全組織、全階層で中長期戦略と単年度計画、そして日々の実行計画がシームレスにつながることになります。
情報部門は社内の情報インフラを陰から支えるのみならず、本当の意味で社内のソリューション提供者になれるのではないでしょうか。
▼著者名 秋池 治(あきいけ おさむ)
株式会社リアルナレッジ 代表取締役
横浜国立大学卒。メーカー系情報システム会社にてシステム企画とシステム開発に従事。その後、ユーザー系企業でデジタルビジネスの企画および社内改革に取り組む。2003年に数名の仲間と共に株式会社リアルナレッジを設立、業務プロセスの可視化やプロセスの最適化により、経験や勘に依存せず業務を遂行するためのパフォーマンスサポートを提供している。
著書に「情報エキスパート」(アプライドナレッジ刊)がある。
e-mail:akiike@realknowledge.co.jp
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