問題を抱えている社内の顧客(業務部門)に対し、具体的な解決策=ソリューションを提示するのが「情報エキスパート」だ。本連載では、情報エキスパートが持つべき視点や考え方について解説する。
企業経営と情報技術を結び付け、企業に経営的効果をもたらす役員をCIOと呼びますが、役員以外でその役割を果たす人物には呼び名がありません。ここではそれを「情報エキスパート」と呼ぶことにしたいと思います。
CIOは企業内の役割(役職)ですが、情報エキスパートは問題を抱えている社内外の顧客にソリューション(問題の解決)を提供する人材です。本連載では、情報エキスパートが持つべき視点や考え方を何回かに分けてお話ししていきます。特にユーザー企業のIT部門で、IT化の計画立案策定・実行に携わる情報マネージャおよびミドル層で次のような疑問を感じている方にぜひ読んでいただきたいと思います。
第1回は「ソリューションって何だろう?」というテーマについて考えてみます。
いつのころからか「ソリューション」という言葉をよく耳にするようになりました。そもそもソリューションとはいったい何を指しているのでしょう。
ソリューションとは、一般的には「問題を解決すること、問題を解決する解答や方法」を意味します。「私たち○○ソリューション株式会社はお客さまの問題に対し、単にソフトウェアを提供するだけではなく、お客さまの問題を解決するために高度なIT技術を用いて、最適なソリューションをご提供いたします」というようなフレーズをそこかしこで耳にするようになりました。
問題を抱えている側にとって、問題の解決ができることは大いに歓迎すべきことです。企業内の情報システム部門も、自社の経営者やほかの部門を「お客さま」と考えれば、ソリューション提供者といえます。
ところがこのソリューション、それを提供する側の意識に対し、受ける側の満足度との間に大きなギャップが生まれることがよくあります。この両者の意識ギャップはどうして生まれるのでしょう。
私の知り合いのベテランSE、Aさんから次のような話を聞いたことがあります。
「私は顧客の問題について、顧客の訴えに耳を傾けソリューションを提供していると思っている。にもかかわらず、システムの開発途中でいっていることがころころ変わるなど、結構顧客はわがままだよ。仕様を決める際にはいっていなかったことで、仕様変更が必要になることが多々ある。それにより納期は厳しくなるし、開発コストにも大きな影響を与える。仕様変更をする際には顧客にきちんと説明している。追加の費用が発生する場合もあるので、顧客との仕様検討の内容は議事録を残している。開発途中での仕様変更をさせないように顧客を説得するスキルも必要だ。そもそも仕様変更と呼べる範囲を超えていて、システムのコンセプトにまで影響を与えるようなことをいい出すこともあるが、それを押さえ込んでこそベテランSEだよ」
顧客のわがままに手を焼いているAさんの様子伺うかがえます。そのとき私はAさんに下記のような話をしました。
ソリューション、つまり問題解決について患者と医師の関係を例にして考えてみましょう。体調がすぐれず病院にへ行った患者と医師のやりとりです。
患者 どうも昨日から体調がすぐれず、なんか熱っぽいんです。
医師 じゃ、まずは熱を測ってみましょう。
(体温計で熱を測ってみたら38度もありました)
患者 あのー、のども痛いんですが……。
医師 あっ、そうですか。では痛み止めも出しておきましょう。この薬は最近開発された薬で、痛みにはよく効くのでのどの痛みはすぐに楽になるはずです。
患者 えぇ、あのー、私はカゼですか? うがい薬とかはもらえませんか?
医師 あ、分かりました。うがい薬も追加で出しておきましょう。ほかに悪いところはないですか?
患者 ……。
この話を聞いた先のベテランSEのAさんはいいました。「そんな医者いるわけないじゃない、あまりにもひどいよ。でも、それに近い医者はいるよね。でも私ならそんな医者には2度とかからないよ」
こんな医師、信頼できませんよね。でもこの医師、顧客(患者)の要望にはすべて答えていますし、薬の説明もしたりして知識もありそうです。
医師についてはAさんのいうとおりですが、実はこの医師のようなSEも結構いたりするのではないでしょうか。患者(顧客)の症状(要求)を聞き、それに対処するため最適な薬と治療(技術とソフトウェア)を組み合わせる。この医師、どこかAさんと似ていると思いませんか。
なぜ患者はこの医師を信頼できないのでしょうか。信頼できる医師を思い浮かべてみるとその理由が見えてくるかもしれません。信頼できる医師は次のようなプロセスを踏んで患者の治療をします。
もちろんそれぞれのプロセスで患者に内容を説明することも忘れません。このような医師ならば、患者は安心して治療を任せることができますね。
ソリューションを提供する場合、一般的に顧客が訴える要求は断片的であり、整理統合されていないことが多く、「熱っぽい」「のどが痛い」などの症状を訴えるカゼの患者に似ています。この要求に対してストレートにその解決策を提供することは、先ほどの信頼できないという医師と同じではないでしょうか。
信頼できる医師とそうではない医師との差は、「病気の原因を特定し、根本的な治療を行うこと」と「対症療法的な治療を行うこと」の差といえます。医師と患者の関係では、対症療法は“ソリューション”というには明らかに違和感があるにもかかわらず、IT分野のソリューションに関しては対症療法的なケースも多く存在するのではないでしょうか。
「信頼できる医者」と、非常に難易度の高い手術をこなせる「腕の立つ医者」とは必ずしも一致しません。治療に特殊なスキルを必要とするケースはそれほど多くはなく、信頼できる医者の重要なファクターは症状の原因となっている病気を特定することといえます。信頼できる医師とは「見立ての良い医者」??すなわち「問題発見能力のある医者」といい換えることができそうです。
先ほどAさんが話していた「顧客はわがままで、システム開発の途中でいっていることがころころ変わる。仕様を決める際にはいっていなかったことで、仕様変更が必要になることが多々ある」についても問題発見能力が大きく影響しています。
顧客自身が問題の根本的な原因を特定していない場合、ソリューションSEであるAさんに症状を伝えることになります。一生懸命に顧客の要望を聞きシステムを開発していたつもりが、実は顧客の訴える症状に対処するにとどまっていたのかもしれません。
ソリューション提供やシステム開発は「カスタムメイド商品」といえます。工程の初期には形が見えず、顧客とSE間の意思伝達とその確認作業のみが商品(ソリューション)の完成イメージとなります。そのため顧客は仕様打ち合わせや仕様書作成の段階では、自分たちが購入する商品の完成イメージを作りきれていないことがあります。工程が進むにつれ、より具体的な商品が見えてくるに従い、自分のイメージと実際の商品のギャップに気付くことになります。もしくは商品の形が見えてくるに従って、それまでのイメージの間違いに気付いたり、新しいイメージが浮かんできたりすることもあるでしょう。
このように顧客と提供者のイメージのズレが発生するような商品で身近な例として“理容室”があります。髪を切り始める前に理容師に要望を伝えていたはずなのに、カットが進むにつれ“うわ、思っていたより短い……”というような経験はありませんか。小心者の私はそれを口に出すことはなく、“しばらくすれば自然に伸びることだし、まぁいいか”と自分を納得させます。
住宅の建築にも同様の問題があるそうです。設計図の段階では顧客側はイメージが完全ではなく、建築が進むにつれイメージが具体化してきたり、自分のイメージと建築中の家とのギャップに気が付くことがあります。そのため、「やはり壁紙は白ではなく薄いグリーンに変更してください」など、建築途中での施主の要望による仕様変更は日常的なことのようで、中には設計変更しなければならないような大きな変更要求になるケースもあるようです。設計時に間取りについて十分に検討したはずなのに、家が完成して住み始めてから動線の使い勝手の悪さに気が付くことも多いといいます。
家を新築された経験のある方は、多かれ少なかれ似たような経験があるのではないでしょうか。「家は3度建てて初めて満足できる」といわれたりします。ソリューションも何度か失敗してからでないと満足できるものは導入できないのでしょうか。
医師や建築のたとえ話で説明しましたが、ソリューション力とは問題発見能力に大きく依存し、問題を特定することができればその解決は8割が成功したといえます。ソリューション力を高めるには、問題発見能力を高めることがポイントとなるのです。
情報エキスパートは高い問題発見能力によりソリューションを提供する人です。以降、問題発見能力を高めるためのポイントをお伝えしていきます。次回は「効率と効果を区別し、IT導入の目的」についてを考える予定です。
「医者にかかる10か条」というものがあります。
この「医者にかかる10か条」は厚生省(現厚生労働省)からの委託で(財)日本公衆衛生協会が1998年に作成したものです。この10か条のいくつかはソリューションを購入するときのユーザーの配慮すべきポイントと重なります。そもそもこのようなものが作成されるということは、先ほどの医師と患者のようなすれ違いが意外に多いのかもしれません。
また、薬の種類と効き目を調べる「薬百科事典」や「科目別病院ランキング」などの本も多く出版され、医療ミスに関するニュースも耳にします。医師に対する信頼が揺らぎ患者自身が自衛を始めているのかもしれません。ITの世界に身を置く私たちにとって対岸の火事ではないと思います。皆さんにソリューション力を高めるためのきっかけを少しでもお伝えできれば幸いです。
▼著者名 秋池 治(あきいけ おさむ)
株式会社リアルナレッジ 代表取締役
横浜国立大学卒。メーカー系情報システム会社にてシステム企画とシステム開発に従事。その後、ユーザー系企業でデジタルビジネスの企画および社内改革に取り組む。2003年に数名の仲間と共に株式会社リアルナレッジを設立、業務プロセスの可視化やプロセスの最適化により、経験や勘に依存せず業務を遂行するためのパフォーマンスサポートを提供している。
著書に「情報エキスパート」(アプライドナレッジ刊)がある。
e-mail:akiike@realknowledge.co.jp
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