戦略コンサルの基本「仮説検証プロセス」〜IT技術者のための戦略・業務分析入門〜事例で学ぶビジネスモデリング(3)(3/3 ページ)

» 2005年07月27日 12時00分 公開
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4. 打ち手の立案

4-1.課題に対して具体的な打ち手を立てる

 今回の仮説検証により分かった課題は以下のとおりである。

  • 「B、C顧客層は、商品カテゴリによる使い分けをしており、X社で特定カテゴリの商品(揚げ物、加工肉)を避ける傾向が強い」
  • 「しかもその使い分けは、商品の品質や原料の不透明性など、価格以外の理由からである」

 このほかにも、いくつかの課題が挙がり、それぞれに対して打ち手を検討した。詳細は割愛するが、実際には各課題に対して打ち手のパターンをいくつか提示し、それらパターンのメリット、デメリットを評価し、経営者とのディスカッションを通じて打ち手を決定していった。

 X社の各業務の段階ごとに打ち手を整理した概略は以下のようになる()。

    課題 打ち手
主要業務 商品 開発

商品開発が顧客の嗜好を反映させておらず、新商品の売れ行きが悪い ? 商品改良を繰り返すほど、原価が上がっており利益率が低下している

顧客ニーズ取り込みの検討:定期的な顧客インタビューや、商品モニターの導入などにより、顧客ニーズを取り込んだ商品開発を行う

商品原料の見直し:既存商品の商品原価を見直し、必要以上の高級品を利用している商品の原料を変更する

生産

売上状況を加味した生産となっておらず、欠品やロスが増加しているカテゴリが存在する(揚げ物、など)

生産品目・量・タイミングの見直し:売上実績に応じて、生産する商品や量、生産のタイミングを、週次で見直す

販売

プロモーション実施時の効果測定等、分析が行われておらず、訴求できていないプロモーションを続けている可能性がる

セールを実施するもセールのみに来店する顧客が多く、新規顧客の獲得に必ずしもつながっていない

プロモーションの見直し:POP及び、情報誌、店頭接客方法の見直しを行う

セール以外の販促施策の検討:時間限定商品の投入、店舗別商品の増加など

分析
/検証

売上把握は日次ベース、粗利は月末締めでしか把握しておらず、効果的な分析が行われていない

情報収集インフラの整備:売上に関しては時間別、粗利は日次で予測値が把握可能なインフラを整備する

予実チェック業務の週次化:現状月次でしかない予実チェックを週次で導入し、実績把握を更に進める


 以降では、打ち手の一例として、揚げ物の生産タイミングの調整と、加工肉のプロモーションについてご紹介する。

4-2.生産タイミングを調整する

 顧客とのインタビューから出てきた課題の1つとして、「揚げ物は油がしみている」という意見があった。

これは、具体的には、顧客が夕方にかき揚げを買いにいくと、ほとんど残っておらず、残っている商品も油がしみていておいしくないということであった。実際、かき揚げに関しては、かつて昼に丼ものや、そば、うどん用によく購入されていたことで昼に向けて商品をそろえていた。加えて、製造段取りの都合により、朝一番で1回のみ製造していた。そのため当然夕方には在庫がないか、あるいは余っていても油がしみて味が落ちていたのである。

 この状況を改善するためには、かき揚げを朝と夕方の2度製造すれば良さそうに思えるだろう。しかし実際には、そう簡単な話ではない。揚げ物には、かき揚げのほかに、空揚げ、コロッケ等多数あるが、揚げ物を行う油は、味が混ざるために同時に2つのものを揚げることができない。また揚げる機材は1台しかないため、かき揚げを夕方に揚げるとなると、ほかのものが揚げられなくなる。 

 製造の段取りと、商品の売れ行きを詳細に調べたところ、空揚げは午前2回、午後4回の製造を行っており、午後には逆に余ってしまう場合が多いことが分かった。そこで空揚げの午後の製造を2回減らし、かき揚げの製造を午後に追加して、夕方の販売に投入したところ、かき揚げが売れるようになり、揚げ物部門全体でも売り上げは10%ほど向上した。これは製造タイミングを調整することで、コストをかけずに改善できた例である。

4-3.加工肉のプロモーションを見直す

 もう1つ大きな課題としては、「加工肉の原料が不明確で不安を覚える」という顧客が多かったことである。これは、「加工肉の原料が不明で何が入っているか分からない」、もしくは、「表示してあるが添加物が入っていて怖くて買えない」というものであった。

 まず1つの原因は、一部の加工肉商品は原料表示が見づらく、高齢者には見つけられないことが原因であった。これに関しては表示の変更を検討するチームを立ち上げ、原料表示および、それに伴うPOPの改善等を行った。もう1つの原因である添加物に関しては、より複雑な問題であった。一部の添加物には、それを入れることにより菌の発生を防げるなど、顧客にとって有益なものもある。X社では一番安全な製造方法を専門家まで招聘して作り上げたものであったが、顧客から見れば添加物=危険と取られているのであった。

 これに関しては、地道な宣伝活動が必要と考え、ポイントカード会員に発行している会報誌で添加物の必要性や、品質の安全性をアピールするとともに、他商品との比較実験を載せるなどした。さらに、店頭接客時に接客内容を見直し、積極的な品質のアピールを行うようにした。これらの打ち手をパイロットとして一部店舗で行い、その結果加工肉部門の売り上げが15%増加するなどの効果が出ている。

4-4.X社のコアコンピテンスの明確化

 これまで課題の検証と施策の立案について説明してきた。しかし、このプロジェクトはX社にもう1つ大きな効果をもたらした。それはX社のコアコンピテンシーをあらためて確認できたことである。X社の強みは、A顧客に代表される固定客から高い信頼を得ていることであったが、これを実際に顧客の生の声を通じて確認できた。また社員はX社のブランドイメージを高めるために十分な仕事をしていることも顧客の声として確認できた。これらの声は全体として売り上げが伸び悩む状況の中で、X社の経営者および社員に強い自信を植え付けることになり、今後の企業活動の改善にも大きなモチベーションを上げることになった。

5. 戦略コンサルティングとIT技術者のかかわり

 さて、ここまで戦略立案の事例をご紹介してきたが、いかがだっただろうか? ここまで読んでこられた方は戦略コンサルティングの場面においてはIT技術者の出番はゼロであると思われたかもしれない。確かに仮説の構築や検証、打ち手の立案などは戦略コンサルタントの専門分野である。しかし最後の打ち手の立案に関しては、IT技術者の知見が必要になる場面が少なくない。

 現在、戦略を実行し定着させていく段階では、必ずといっていいほどITが関係してくる。今回も「商品プロモーションの見直し」などでは、プロモーションの効果測定のために販売実績を管理するシステムや、現場でプロモーションを立案するためのサポートシステムが必要なことは、プロジェクトの早い段階で分かっていた。

 実際、今回のプロジェクトにはITコンサルタントもメンバーとして加わり、IT化についても並行して検討を進めた。そこではITシステムとして必要な機能の洗い出しや投資額の大枠の試算などを行い、戦略の実現可能性をITの視点から把握し、提案の実現可能性をIT面から評価していった。このように、戦略策定の場面においてもIT技術の知見は必要になってくるのである。

 次回は、企業戦略立案の次のステップである業務分析について紹介する。

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