あなたはいったい何を探しているのか?―捜査技術の第1条「ターゲット定義こそ肝心」―ビジネス刑事の捜査技術(6)(2/2 ページ)

» 2006年03月02日 12時00分 公開
[杉浦司,杉浦システムコンサルティング,Inc]
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人に説明できる捜し物は見つかりやすい

 「おいしいもの」や「面白い場所」は、考える人の年齢や性別、昨日食べたものや行った場所によっても変わってしまう。人が探しているものを探そうとする立場にある人、あるいは誰かに探してもらおうとする人は、他人の価値観など違うのが当たり前と思わなければならない。

 自分自身ですら、それほど遠くない昔の自分が持っていた趣味し好を理解できなくなってしまうことも珍しくない。そもそも、常識と呼べるような共通認識などそんなにあるわけないのだ。テレパシーを使えない、普通の人間であるわれわれは、言葉を介して、自分が思っていることを他人に伝えなければ、伝わるわけがないのである。

 人は言葉を操るだけでなく、見たものを絵にすることもできる。犯人の顔を見た人は、自分で絵を描けなくても、似顔絵技術を持つ鑑識の捜査員に言葉で特徴を伝えることができる。問題は、いくら捜査員が似顔絵のプロであったとしても、捜査員への特徴の伝え方がうまくなければ、その似顔絵で犯人が捕まる可能性はずいぶんと低いものになるということである。

ターゲットの定義こそ肝心

 不合理な思い込みに縛られ、大事な前提条件を見落としたままで、捜し物が首尾よく見つかることを期待する方がおかしい。捜査技術の第1条は、「ターゲット定義こそ肝心」である。短気な人はすぐに探しに出ようとするが、行動の前にまずは作戦会議が必要だ。

 探したいものは何なのかについて、しっかりとした定義ができる前に歩き回っても徒労に終わるだけである。捜し物が何かについてあいまいさが残っていないか、人によってイメージするものが違っていないか、偏った思い込みに縛られていないか、などについて事前に確認しておくことが必要なのである。

普段からの情報整理が重要

 ターゲット定義をする場合、そのターゲットの特徴を列記することになるが、ターゲットが存在する空間に関する情報が前提条件として与えられていないと、まるで当てものクイズのようになってしまう。ターゲットの特徴は、ターゲットが属する空間に存在するものを特定するための分類基準に基づくものでない限り、聞き手は理解することができない。

 例えば、医者であれば患者の病気を探るために、熱があるのか、どこが痛いのかなど、病気空間に存在するあらゆる病気を特定するための分類基準に従って問診したり、検査したりする。犯人捜査であれば、窃盗事件か傷害事件なのか、傷害でも死者が出たのかなどの犯罪空間の基準によって、犯人の手口などの特徴を洗い出していく。

 これがビジネス捜査における、潜在顧客やヒット商品を探すということであれば、競合企業や商品も含めた市場や商品の類型マップを作っておかなくてはならない、ということなのである。コンサルタントは業務上の問題点を探す場合、その会社の業務フロー作りから始めるが、これもまた、業務上の問題点を組織とプロセス、リソース(社員や設備、取引先など)の類型マップによって、明確に定義しようという狙いのためである。

 捜査の必要が出てから慌てて類型マップ作りなどしていられない。警察においても日夜、資料整理に追われている縁の下の力持ちがいるからこそ、第一線の捜査員が活躍できている。ビジネス捜査においても、普段からの情報整理が重要であり、特に捜査の対象となることが考えられる顧客や商品、組織、プロセス、リソースなどの類型マップを作っておくことが必要である。この類型マップ作りのことを、業務システムの最適化を目指すEA(エンタープライズアーキテクチャ)と同じと考えていただいても何ら問題ない。

写実画派で伝えるか、抽象画派で伝えるか

 ターゲットが定義できても、それを捜査員にどう伝えるかが問題だ。捜したい物や人の写真は当然、ターゲット定義のための貴重な捜査資料になる。しかし、写真と実物との感じが違っていて、似顔絵の方がイメージが合っていたりすることも少なくない。

 人や物には見た目の外観だけでなく内なる中身があり、写真であっても撮る人によって、真実を伝えられなくなってしまう。絵画の世界でも、写実画と抽象画がある。極端な抽象画を理解するのはなかなか大変だが、日常においては、緻密な絵画やリアルな写真よりも、漫画や図の方がコミュニケーションしやすいことは珍しいことではない。リアルな航空写真よりもイラスト風の地図、詳細な案内板よりもシンボル化された標識、動画よりも写真、長い演説よりも短いスピーチなど、伝えたいことだけを残して余計な情報をそぎ落とした抽象的な形式の方が、情報伝達には向いているのである。

下手な表現が命取りになることも

 捜し物ははっきりしているのにその表現がうまくないために、ターゲット定義の情報が共有できていないことがある。

 案内標識に従って道を進んで、違うところにたどり着いたという経験を持つ人はいないだろうか。案内標識を制作した人は、まさか自分の作った標識が違う理解をされるなどこれっぽっちも思ってはいない。インターネットショップで買い物をしようとして、サイト内で迷子になって帰っていく人がいることなど、ホームページの制作者には理解し難い話だろう。上司が部下に求めた仕事が、最後の報告で求めていたものと違っていたというケースも、ターゲット定義の情報が共有できていないことに起因している。

部下に出す目標や命令は問題文として適切か

 部下を持つ立場の人は自分の出す業務目標や命令が、学校で出すような問題文として記述できるか試してみていただきたい。

 もし、問題文としてうまく記述できないようであれば、あいまいな思い込みがあったり、表現方法に改善の余地があるのかもしれない。学生時代にさんざん試験を受けてきて、「これは問題文が悪い」という経験はしてきたはずである。部下を責めるのは少なくとも問題文が受け入れられた後であるべきだ。命令を受ける側も、その命令を問題文として表現し直してみてほしい。

 達成すべきゴールとしてのターゲットをきちんと定義し、正確に伝達することができなければ、どんな仕事であっても達成することは無理である。会社で本当に必要な会議とは、こうしたターゲット定義のための会議ではないだろうか。

次回の予告

 次回は、捜査技術の第2条「感情移入ができない人に捜査はできない」について説明する。

 捜し出したいものが人でなく物であっても、その物の気持ちになって考えてみることが必要である。捜査がうまい人は、相手の立場で物事を考えることができるのだ。その技術は知識では身に付かない。日ごろからの気配りの姿勢が大事である。

筆者プロフィール

杉浦 司(すぎうら つかさ)

杉浦システムコンサルティング,Inc 代表取締役

京都生まれ。

  • 立命館大学経済学部・法学部卒業
  • 関西学院大学大学院商学研究科修了

京都府警で情報システム開発、ハイテク犯罪捜査支援等に従事。退職後、大和総研を経て独立。ファーストリテイリング、ソフトバンク社など、システム、マーケティングコンサルティング実績多数。


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